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盤渉の精

盤渉調の精は、青い装束を着てたたずむ唐の武官。張り詰めていて冷たいけれども、その中に華やかな雰囲気が漂っている。「管絃音義」によると盤渉調は北の方角・黒色(紫)・冬・水。雅楽の盤渉調の曲で有名なものは、「青海波」「蘇莫者」「蘇合香」「白柱」など。

雅楽六調子イメージ画 「双調の精」

双調

「双調の精」私がイメージする双調の精は、みずみずしい少女。春の風の様に若々しく、暖かい。

「娘には弱いパパ!」『小右記』寛仁二年三月十三日条より

クリックすると拡大します。

平安時代中期、賢人右府と呼ばれ、藤原道長に唯一対抗しえる上流貴族であった、藤原実資の日記「小右記」をもとにした、4コマ完成しました。賢人右府も遅くに出来た娘のおねだりには弱かったようで・・・。 ラフ・下描きをデジタルでしたのが失敗。私は下描きは紙の方が性にあっているようです・・・。


<「第五十八代 光孝天皇」班子女王が語る>



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平安時代初期、仁寿三(八五三)年の正月、京の都―

「寒い・・・」
班子女王は、厚い内着(うちぎ)を着込み、御簾から外に出て、庭を見た。
女王は現代二十歳。
小柄な体つきに、ぽっちゃりとした白い可愛い頬、黒いつぶらな瞳、さらさらとした美しい黒髪。
ろうたけた美しさではないけれども、皆に親しみを持たれる愛嬌のある女性である。

桓武天皇の皇子である仲野親王を父に持つ女王は、幼い時から時康親王の妃になる事が決まっていた。
時康親王は女王より三つ年上の二十三歳。仁明天皇の第三皇子で、母は藤原沢子様。

―時康様は、幼い頃から御聡明で、読書や音楽を好まれていたから、仁明天皇の母宮―御祖母様の檀林皇后様にとてもかわいがられていらっしゃったと言う。
とてもお上品な美貌を持っていらっしゃって、聡明なだけでなく、お優しいお気遣いがおできになるので有名。

以前、太政大臣・藤原良房様が開催された宴に時康様もご出席になられた時、宴のお料理には必ず雉の足を盛らなくてはいけないのに、尊者(そんじゃ:出席者の中で一番位が高い人)の器にそれが盛られていなかったのですって。

―回想場面・・・宴は夜。だから部屋の中は薄暗い。

配膳係「あ、尊者の膳に雉の足を盛り忘れた!」
配膳係、小刻みに震え、半泣き。(こんな事あるじに見つかったら首だ・・・どうしよう・・・)

配膳係「ちょっと拝借」と、やおら時康親王の膳から雉の足を取り、尊者の膳に据えようとする。
時康親王、困ったようにその様子を眺め
(おいおい、完全にうろたえてるな・・・)
(何とか失敗をごまかしてやりたいが、どうしようか・・・。今、私以外に席に着いているのは、従兄弟の基経とそれ以外に遠くに二、三人・・・。)

時康(それでは、こうすれば見えないかな?)
時康親王、自分の近くにあった紙燭の火を吹き消す。

場内は真っ暗。大混乱。「わーっ!だれぞ火を持て!」

誰かが火をつけた。何事もなさげな宴の空間。時康親王ものんびりと席に座っている。―尊者の膳に雉の足があり、時康親王の膳に雉の足がないのを別にすれば。

時康(よかった、うまく切り抜けられたようだな。)

・・・回想シーンから元に戻って。

班子(自分の料理が取られたのに非難せず、配膳係までかばうなんて、普通の人ではできないわ。私だったら侮られているのではないかと腹が立って、配膳役に嫌味の一つも言ってしまいそう。)

父宮は、「そのようにお優しい方なら、そなたも大事にしてもらえるであろう。もっとこの縁談を喜ばんか!」とおっしゃる。

班子(確かにその通りだわ。でも、お優しすぎて何だか物足りない。)

班子(いつか、宮中の行事で見かけてから憧れている在原業平様のような素敵な男性に、身も心もさらわれてみたい・・・。)
班子は凛々しい武官装束の業平を思い出し、両手で頬を挟んで、熱いため息をついた。

班子(私はこのまま恋もしないで、平凡な人妻になってしまうの・・・?)

と、遠くに何か黒い影が近づいてくるのが見えた。
よくよく目を凝らしてみると、何と時康親王が従者を従え、かごを持って馬に乗っていらっしゃる!
従者は親王に傘を差し出そうとするが、気がはやった様子で女王がいる階段の下に・・・。

女王はくつろぎ着の内着を脱ぎ捨て、侍女に渡した。その下には人に接しても大丈夫な様に、唐衣と裳を着込んでいるのだ。
班子は、すのこに出て行き、話しかけた。
「皇子様、いかがなされたのです?こんな雪の日に。」
親王は外気で冷えて真っ赤になった頬のまま、嬉しそうに籠を班子に手渡した。
「はい、女王。」

(え・・・?)
班子は驚きながら籠の中身を見た。
班子「若菜!」
時康親王は満面の笑みをたたえて、班子に話した。
「従者に届けさせようと思って、歌まで作ったのだけれども、女王の顔を見たくて、自分で届けに来てしまった。」

女王はしばらく、時康親王の顔をぽかーんと見つめていたが、ふと我に帰った。
班子(あら?皇子様の肩に雪が・・・)

班子「まぁ!私ったらぼんやりして!」
「まずお部屋にお上がりになって!すぐに温かい湯を用意させましょう。」

―しばらく、二人は女王の部屋で椅子に座り、湯を飲みながら歓談していた。
すると、女王が作るように命じていた、若菜入りの羹(あつもの:魚・鳥の肉や野菜を入れた熱い吸い物)が運ばれてきた。

時康はゆっくり香りをかいだ。「うーん、いい香り!」
一さじすくって食べた。
班子はその子供のような様子を微笑んで見つめていた。そして、ふと、思い出したようにいった。
「―そういえば、お作りになった御歌を見せていただいてよろしいですか?」

親王は恥らいながら、女王に懐紙を渡した。
そこにはこう書かれていた。

「君がため 春の野にいでて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ 」
女王は胸がきゅんとなり、それを胸にしっかりと押し付けて、目を閉じた。

班子(この寒い中、私のために・・・)

班子(ものたりない、なんて思った私が間違っていたわ。・・・この方が私の夫になる方でよかった・・・!)
時康親王は班子女王ににっこり笑って話しかけた。
「ほら、女王も一緒にいただきましょう。温かいですよ。」


―その後、時康親王の元に輿入れをした班子女王は、親王と仲睦まじく暮らして、源定省(後の宇多天皇)、是忠親王、是貞親王など、八人の子を儲けました。

時康親王が光孝天皇として即位するのは、この時から約三十一年後です―

(終わり)

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「君がため・・・」の歌は、誰に向かって詠まれたかは分からないのですが、八人も子を儲けて仲睦まじかった正妻・班子女王に向けたというのもありかもしれないな・・・と思ってこういう話を作ってみました!

*班子女王の親しみやすいキャラを立てる為に、えりかさんの「平安夢柔話」の「班子女王~宇多天皇の母」を大いに参考にしております。
班子女王が自分の一生を親しみやすい言葉で語る、とても面白い記事です。
参照の許可を快く下さったえりかさん、どうもありがとうございます!

2009.7.11. 葉つき みかん
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蜂飼大臣・藤原宗輔(はちかいおとど・ふじわらのむねすけ)



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藤原宗輔は藤原道長の四代後の子孫です。
もとにした話は、講談社学術文庫『今鏡』427ページ 「藤波の下 唐人の遊び」です。

平安時代の虫好きは「虫愛づる姫君」だけだと思っている方!ノンノン、平安時代末期には、蜂大好きなこんな変わったお公家さんもいたのですよ・・。その上彼は「虫めづる・・」と違って実在の人物です。

以下、本文です。

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太政大臣・藤原宗輔クンは、蜂が好き♪
宗輔「足高(あしたか)、角短(つのみじか)、羽斑(はねまだら)や」
宗輔「可愛いのう♪」

ある日
何かすばやい影が女性達の前を通り過ぎていく。
女性「はて?いま通り過ぎたものは何じゃ・・・?」

宗輔は、足もすっごく速いのです。お付の者も追いつけないほどです。

宗輔、なぜか凄い勢いで走っている。「忘れ物~!!」
こんな、一見出世に関係なさそうな特技を持っている宗輔クンがなぜ太政大臣になれたかって?

それは、鳥羽殿で、蜂の巣が落ちて蜂が飛び回った時、人々が逃げ回る中、宗輔クンは一人落ち着いて枇杷の実をむいて蜂を止まらせ、追い払ったからです。
でも、俊足の方は、まだ活用する機会が来ていません。

「ん?」かわいらしく振り返る宗輔。

(終わり)

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2007.5.18 アップロード

古今著聞集 内弁先食事取1

古今著聞集 内弁先食事取2

古今著聞集 内弁先食事取3

(画像をクリックすると拡大します)


<「有職故実は難しい!」 『古今著聞集 巻第三 公事より』シナリオ>


建久(一一九〇~九九)の頃、鎌倉時代初期―

摂政・九条兼実が上機嫌で話している。「久しぶりに節会(せちえ)の時に食事を取る儀を復活させたのだ♪」
後で節会の食卓に着く上達部六人。


節会って・・・
重要な儀式のある日に、天皇が主催して開く宴の事です。
元日、白馬(あおうま)、踏歌(とうか)、端午、豊明(とよあかり)の五節会の他、立后、立太子、任大臣、相撲などの節会がありました。


食卓についているある殿上人は大きなため息を一つ―


殿上人(一体何年前の故実を復活させたんだ。節会の時の食事の取り方なんて、何も知らないよぉ!・・・作法を間違ったら摂政殿に馬鹿にされるし・・・。)


殿上人、向かいに座っている人を見る。


向いには、内弁の藤原実房が座っている。実房は、藤原公教の三男。実国の弟。後に左大臣になる。
殿上人(向かいに物知りの内弁殿がいらっしゃる!彼の真似をしていたら間違いないや!)


実房、嬉しそうに食事を取り始める。
殿上人、それを観察。(ふむ・・・まず蛸から食べ始めるのだな・・・)


上からのアングル。
実房の周りの六人、全て同じものを食べている。


実房、上機嫌でかち栗(栗の実を干して臼で軽くつき、殻と渋皮を取り去ったもの。)を箸でつまみにかかる。
殿上人(ややっ、今度はかち栗か?)

10
実房、かち栗を食べるふりして、紙に包んで、ふところに入れる。
実房(家で食べよう~♪)

11
向かいの三人の殿上人達、必死でかち栗を紙に包もうとする。

12
そして、三人は栗をふところにしまった。

13
それをのぞいていた兼実、がくーっと肩を落とす。
兼実「内弁の真似ばかりしてないで、ちょっとは自分で考えてくれい・・・。見苦しい事よ・・・。」

―次回から節会の際の飲食は中止になったそうです―

(終わり)

2009.5.18 葉つき みかん
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「葉室さん家の取次ぎ侍」~『十訓抄 七ノ二十八』より



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―平安時代末期、
藤原(葉室)顕頼の邸―

そこには、一人の老公達が、任官のお願いに来ていた。

―老公達は、五位の証である緋色の束帯を着込み、皺だらけのやせこけた頬に、ねずみ色の頬髯とあごひげを生やし、髪も白髪だらけであった。

彼の訴えを若い侍が熱心に聞いていた。
侍は薄緑の狩衣を着て、烏帽子をかぶり、無邪気な目を見開きながら聞いていた。

「―では、お伝えして参ります」
侍はそう言って立ち上がった。

老公達は頭を下げながらもう一押しの言葉をいった。
「どうか、中納言様によろしくお伝えくださいませ」

侍は書庫で本を熱心に読んでいる主君の背後から大きな声で呼びかけた。

「殿!申し上げます」

侍の主人―葉室顕頼(はむろあきより)は本を手にしながら振り向いた。

年は四十を半ばは過ぎていようか。しかし、知的な目の光を持つ、苦みばしったいい男である。

***********************************
葉室顕頼 最終官位、正二位 中納言
(生没年一〇九四―一一四八))
夜の関白 葉室顕隆の子。白河鳥羽
両院の近臣として勢力を持った。
一時、藤原俊成の養父となる。

***********************************
侍は口上を述べた。

「某様は、近衛府への任官の口利きをお願いしたいとの事でした。」

それを聞き、顕頼は顎に手をやり、ぶつぶつと小さな声でつぶやいた。

「まったく、どうして年老いてまで
近衛府の官職をそんなに望みにされるのだろうか ・・・

出家でもして、どこか隅っこにでも
おられるのがよいはずだ ・・・」

しかし、気を取り直したようにさっと顔をあげ、侍に向かって大きな声を出した。

「・・・ 詳しくお聞きしました。言上のついでが
ございますので、必ず御奏上申し上げます、
とお伝えしなさい。」

侍はひざまずいて頭を下げた。
「かしこまりました。」

戻ってきた侍に、待ちかねたように老公達は聞いた。
「中納言様は何と?」

侍は答えた。
「殿は・・・ 
『どうして年老いてまで近衛府の官職を
そんなにまで望みにされるのだ、
出家でもしてどこか隅っこにおられるのが
よいはずだ』」

それを聞いて老公達の目は飛び出さんばかり。
「ち・中納言様はそんな事を!?」

侍は続けた。
「『 ・・・ 詳しくお聞きいたしました。
言上のついでがございますので、
必ず御奏上申し上げましょう』
と申しておりました。」

そしてにっこりと笑った。
「ようございましたな!」

老公達は呆気に取られてこう言うしかできなかった。
「は ・・・ はぁ ・・・」

しかし、老公達は気を取り直して、自分の心の中をのぞきこむような様子でしんみりと話し出した。
「おっしゃる通りでございます。
自分でもわかっているのですが、前世からの執着なのでしょうか、
近衛府の役人になる事だけがどうしても諦めきれないのです。」

「思い通りにこの宿願を叶えて下さったら、すぐそのまま出家して
どこかに籠り入ろうと思っております、
―包み隠さず率直におっしゃっていただいてありがとうございます。」

―侍はその言葉を
そのまま顕頼卿に伝えた―

顕頼は、目を吊り上げて、ものすごい剣幕で怒鳴りだした。
「そなた、私の言葉を一体どのように申し上げたのだ、
バカモン!」

侍は訳がわからない様子で答えた。
「え?
言われた言葉の初めから終わりまで
『そのまま』申し上げましたが。」

顕頼は、悪びれず、ニコニコと笑っている侍の顔を見て、唖然とした。

だが、すぐに我に返り、頭を抱えてしゃがみこみながらいった。

「あの方にこうお伝えしなさい!
『私は、どんな立派な方に対しても、自らの至らない心で考えた事を
つい口に出してしまうのです。
それを、この愚か者は全てを申し上げてしまったようです。』

『すぐさま参内し、ご所望の事を奏上しようと思います』
―と!」

侍はまだ事態が飲み込めない様子ながら、顕頼の言葉を老公達に伝えに戻った。


―その後、この公達は近衛少将になられ、
すぐに出家をした。

―有能な人の下にも、
こんなとんちんかんな
従者がいた、という
お話しでした。―

(終)

2010.1.4 葉つき みかん 脚色・作画 
Hatsuki Mikan 2010 All Rights Reserved.

シナリオはマンガの下にあります。



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『十訓抄 一ノ四十三 色好み道清の失敗』

平安時代後期、京に土佐判官代 道清という者がいた。
「源氏物語」「狭衣物語」を端から端まで覚え…

道清、得意気に「歌人の基本書さ!」

和歌を詠じ、連歌を愛し
桜の花の下、明月の前、風流を求めて
走り回っていた。

なかなかの好色家で、宮腹(※)の女房で知らぬ者はなかった。

道清は東山に住むある宮腹の女房に言い寄っていた。
文をしきりに送りつけ、直接足を運んだが…

東山の女房、冷たい表情で、
「ご主人様の事で時間がなくて」

けんもほろろな扱いであった。

※みやばら:「はら」は複数を表す接尾語。宮様達。親王様、内親王様達。

道清は八月二十日(現在の九月二十日頃)の夜に、その女房の許に訪ねていった。

道清は高欄に近づいた。ある小女房が道清に近づいてきた。
道清(あ…あの方にお仕えしている女房だ)

小女房は、ニヤニヤして道清に話しかけた。
「ご主人様が申し上げよ、との事でございます」

東山の女房の言葉
「何度も御文を頂いておりながら、一度も私から
お返事を差し上げておりませんこと、さぞ
御不審の事と存じます」

「心ならずも常に時間がなく、
いつまでもお会いできないのは
前世の因縁とも思うことがありましたが、
こんなに度々お出でいただいて
いるのに…と何て冷たい女だと
お思いになっておられるのでは、
と思うと、大変つろうございます。」

「今晩は立ちながらでも
お話ししたいと思っております…
との事でございます」

それを聞いて、道清の心臓は激しく高鳴った。
「で、ではどこにおうかがいしたら
よろしいでしょうか」

小女房は少し離れた持仏堂を指し示した。
「あちらの持仏堂でお話を、とおっしゃっておられます。」
小女房「私についていらして下さい」

道清は、小女房の後ろに着いていった。

庭の遣水の音は小さく耳に響き、
萩・女郎花の花々は
風に揺れ、松虫の声も
聞こえてくる…

持仏堂に来ると、かすかな
読経の声が聞こえ、その先に
御簾の小さく破れている
所があった…。

小女房
「ここでお待ち下さい」

道清(破れ目から中を覗いちゃえ!)
道清は御簾の破れ目から部屋の中をのぞいた。

東山の女房が部屋に入ってきた。
衣擦れの音がシュッシュッと聞こえてくる。髪も心なしかなびいている。
(道清)(来た!…えらいさっさか歩いてるな…)

東山女房は、大きな声できょろきょろしながらいった。
「どこなの?」

((道清)
何とあけっぴろげな…
こういう事は密やかに
行われるものなのに…)

道清は、御簾の外から密やかにいった。
「ここにおります」

東山女房「中にどうぞ」

道清は部屋の中に入り、余りのまぶしさに袖で目を覆った。
(うわっ…御簾の破れ目から
入る月光がまぶしい…)

東山女房は、いきなり膝まづいた。

道清(?)

東山女房は、真剣な表情で道清にいった。
「御主人様のお風邪の具合がここ数日特にひどくて、
自分の局に戻る事も出来ませんでした。」
「このように度々お越しいただいているのに、
お答えもしませんで…」

「きっと私の事を薄情な女だと
思っていらっしゃるのでは…
と思いまして…」

道清はうつむきながら、ごくっと唾を飲み込んだ。
(いよいよ思いが遂げられるか?)

東山女房は、きっと顔を上げて、道清を見据えた。
「急に思い立ち、立ったままでも、と思い
ここにやって参りました」

そして女房はゴソゴソと袴の紐を解き始めた。

道清は動揺した。
(えっ?何?急に…)

そして袴を脱いで、ぐっと道清に近づき、
にっこりと人懐こい笑顔で、
「さぁ」
と袿の前を打ち開いた。

道清は動揺してしまって何も考えられない。

「あ…あ…」
と道清は冷や汗を流してあとずさる。
「さぁ、いかがしましたの?」
東山女房はじりじり近づいていく。

道清(えーい!このままでは男がすたる!)
道清は衣を全て脱ぎ捨て、女房と抱き合ったが・・・。

道清(…で…できない…)

道清は落ち込んだ様子でうなだれている。
女房は、髪をかきあげて、つんとした表情。
「ああ、やんなっちゃう」

女房はサッサッと袴を履いて、隣の部屋に行き、襖をピシャッと閉めた。

道清「待って…!」
道清は裸のまま、襖を開けにかかった。

道清(掛け金がかかっている!)
道清はそのまま襖の前でじーっと待ち続けた。
(もしや出てきてくれるのでは?)

しかし、女は出てこないまま夜は更けていく…

(このままここにいても仕方ない!)
道清は単と指貫を着て、狩衣を抱えて、持仏堂から逃げていった。

道清の振る舞いは何とも情けないかぎり…

色好みを自認するなら、どんな状況でも
すべき事をしなければ!

(終)

2010.2.11 葉つき みかん
 脚色・作画 Hatsuki Mikan 2010 All Rights Reserved.

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鎌倉時代に成立した説話集『十訓抄』で、気にいった逸話をマンガにしてみました。

平安時代の女房は男に流されていただけじゃない!
こんな猛者もいた事を知ってほしいですね~。
そしてそれに振り回される道清も情けないけど愛敬があります。

「小野雪見行幸(おののゆきみみゆき)」~小野皇太后・歓子と白河院~『今鏡』より 



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小野雪見行幸(おののゆきみみゆき)~小野皇太后・歓子と白河院~ シナリオ

平安時代末期に近づいた、寛治五年(1091)、極楽浄土への憧れから平等院鳳凰堂を作らせた藤原頼通がこの世を去ってから17年後。

院の御所に雪が降った。

先年、皇太子の善仁親王(堀河天皇)に天皇の位を譲った一院(白河上皇)は現在、三十九才。大きな瞳に力強い眉が印象的な美丈夫だ。

白河院が昼のおましから庭を見ながらつぶやいた。
白河「雪だ・・・。積もっておる。」
「『源氏』の浮舟が隠棲したという小野里も積もっておるかのう。」
随身・播磨信貞が前庭に控えながら問いかける。
「小野里とは・・・。比叡山麓のですか?」
白河「うむ。小野に出掛けるぞ、支度をせい。」

信貞は、支度するために車置に向かって歩きながら思いついた。
(もしかしたら小野皇太后の所に行かれるのかもしれない!突然ではご用意もできないだろう。知らせなければ!)

所変わって、比叡山麓・小野里。藤原歓子皇太后の御所にて・・・。

女房「一院の御随身である信貞様からの使者がいらっしゃいました」
小野皇太后「何のご用件かしら?お通しして!」

小野皇太后は七十一歳。老いたとは言えども清らかな雰囲気をまとい、美しい銀髪を尼そぎにしている。
黒目がちの視線でおっとりとこちらを見た様子は少女のよう。

庭にひざまずく使者は、取次ぎの女房に言った。
「皇太后様には御機嫌も麗しく・・・」
皇太后は、瞼を伏せて、外に聞こえるようによく通る声でおっしゃった。
「世捨て人の私に前置きはよろしい。用件を早くお言い。」
使者「はっ!では申し上げます。ただいま一院様が小野に向かって立たれたよし。もしかしたら院がこちらに寄られるかもしれません・・・」
皇太后は、大きな声を出した。
「まあ!院が!?」
そしてうろたえながらつぶやいた。
「ここは片田舎。気のきいたものは何もないわ。どうしよう。」
皇太后(でも、私は先々代の帝・後冷泉の皇后であり、三船の才で有名な四条大納言公任殿の孫、そして前・氏の長者である関白教通の三女。)
(彼らの名を汚さないためにも、みすぼらしいおもてなしはできない。)

(一体どうしたら・・・。そうだ!)

皇太后は、厳しい声で女房達に指図した。
「法華堂で三昧僧に経を読ませなさい。まるで極楽浄土に来たかと思えるように。」
「そして、庭には誰も出ないように。院がいらっしゃるまで決して足跡をつけてはなりません。」

皇太后は筆頭女房に聞いた。
「打出の衣は何具ある?」
女房「十具です。」
皇太后「ちょっと華やかさが足りないわね・・・」

皇太后は何かを思いつき、はさみを持った。


場面変わって、白河院の牛車は小野への山道を進んでいる。

車の中から、白河院が信貞を呼んだ。

白河院「小野里には、後冷泉天皇の皇后であらせられた、歓子様がおられるという・・・。」
信貞は、(そら来た!)と心の中で思いながら、笑顔を作って院に応えた。
「ああ・・・故関白教通殿のご息女の・・・諸芸に巧みであらせられる・・・。」
白河「きっと御前の雪も素晴らしかろう・・・。皇太后の御所へやってくれ。」
信貞「はっ!」


再び、皇太后御所―

皇太后はハサミで女房装束の背中を二つに切っている。女房達は皇太后の行為に唖然としている。
女房「何をなさっておられます!?」
皇太后「こうすれば、二倍の数の打出の袖を出せるわ。」

しばらくして―
女房達は全部で二十の袖を御簾の外に飾り付けた。
「ふぅ・・・やっと並べ終わった・・・。」
女房「でも・・・もし一院が中に入ってこられましたらどうしましょう。あまりに見苦しくはないでしょうか・・。」
皇太后「ほほ・・・大丈夫よ。」

外から、「一院の御到着でございます」との声が聞こえてきた。
院は、立派な牛車に随身を二人、警護の武士を二人、白丁を二人連れてきていた。
院は自ら牛車の御簾を上げた。

院の目に雪景色が映る。「おお・・・なんと美しい・・。」

皇太后の目に、白河の姿が映り、目に驚きが広がる。
白河のたたずまいは、亡くなった後冷泉帝にそっくりだった。

皇太后(あ・・・。一院は主上(後冷泉天皇)になんて似ておられるのかしら。・・・甥だからかしら?)

皇太后(意識が四十年前に引き戻される・・・)

歓子は父・教通の威光を背に、兄弟たちの期待を背負って帝に入内し、優しい帝に愛され、皇子を産んだが夭折して、泣き叫ぶ自分自身を思い出した。そしてそんな自分を温かく慰める帝も。
しかし、すぐに歓子は里下がりを強いられ、その間に、宇治関白頼通殿の息女である寛子殿が入内した。
帝は頼通の威勢を憚って寛子をすぐに皇后とした。歓子は傷心の余り、二十年ほど里邸や小野に籠っていた。

皇太后(治暦四年、主上は病に倒れられ、私を女御から皇后にする宣旨を発して息を引き取られた。)
(私への罪滅ぼしの様に・・・)
(私は主上と皇子の菩提を静かに弔おうと、髪を下ろした。そして、小野の邸を寺に改めて、読経三昧の日々を送ってきたのだわ。)

皇太后は雪を見て子供の様にはしゃぐ白河院を眺めた。
皇太后(皇子が無事に成長されていたら、一院くらいの御年かしら・・・。そして帝として世を統べていらっしゃったのかしら・・・)

突然皇太后は現実に戻り、幻想を振り払うかの様に、顔を振った。
(いえ、もうこんな繰り言はやめましょう。)
(今は一院に最高のおもてなしを提供する事に集中しなければ。)

皇太后「さ、そなたたち、しっかりお勤めしてくるのよ。」
かざみを着た可愛らしい女童二人、うなずく。

女童二人が何かを持って廂を歩いてくる。

一人は白銀の銚子に御酒を入れ、もう一人は白銀の打敷に黄金の杯を置いて、大柑子を肴としてお出しした。
お供の殿上人が取り次いで院に差し上げた。

それを御簾の後から見る皇太后と女房。
皇太后「まぁ・・・きれい・・・。まるで絵巻のようですね。」
女房「本当に・・・。」

ほろ酔いの白河院。「とても楽しかったと皇太后様にお伝えしておくれ。」
そして白河院一行は帰っていった。

皇太后はほっと手を胸に当てた。
(一院はご満足してお帰りになられたようだわ・・・)

先ほど心配した女房「一院は中をご覧にはなられませんでしたね。」
皇太后、ほっとしたようににっこり笑って、
「雪見に来た人は建物の中には入らないものよ。」

後日―

女房が皇太后に話している。
「一院が先日のお礼に、美濃の荘園を下さいました。こちらの御文を添えて・・」

皇太后が文に眼を通す。

白河院の文
「山里の住まいを誠にお気の毒な事と想像いたしておりましたが、打出の衣などまでめったにないほどたくさんご用意していらっしゃいましたね。
心憎いまでのおもてなしに、小野の雪を堪能いたしました。」

皇太后「まぁ・・・。」

皇太后(それより、私は一院のお顔を拝見したおかげで主上のお側にいた時を思い出すことができました・・・。)
(私はそれだけで満足でしたのに・・・)

皇太后「この荘園はあの気の利いた随身にあげましょうかね・・・」


それから十一年後の康和四年(1102)、歓子皇太后は八十二歳で息を引き取った。
―当代の知識人であった藤原宗忠は、日記に彼女の事を「賢女」と書き残している。―

(終)

2008.8.23.  葉つき みかん 


All rights reserved.

『梁塵秘抄口伝集』より、後白河院の幼少時と母の待賢門院とのエピソードを4コママンガにしてみました!




スライドショーにアレンジしたものはこちら↓









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