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源通親(みなもとのみちちか)

源通親(みなもとのみちちか)

父、源雅通
母、美福門院(または八条院)女房藤原行兼女(藤原隆家流)


1149年誕生。
保元三年(1158)に叙爵しました。
初めは高倉天皇の側近として親しく仕えました。
仁安三年(1168)安徳天皇立太子の時に、平家に接近し、平教盛女を娶りますが、平家の都落ち以降は、平家を見捨てました。後白河院に接近しました。

源平争乱後は、後白河院の近臣として鎌倉幕府寄りの九条兼実と対立しました。

源平争乱後は、後鳥羽天皇の乳母である高倉範子の夫となり、養女の在子(承明門院)を後鳥羽天皇に入内させ、生まれた皇子(土御門天皇)を天皇の位に就けて、クーデターにより九条兼実派を追放して、朝廷で絶大な権力を振るいました。

晩年には、在子との密通も噂されました。

建仁二年(1202)権力の絶頂の時、54歳で頓死しました。

和歌が得意で、勅撰集にも歌が選ばれました。また、文才もあり、若い頃親しく仕えた高倉天皇を偲んで、「高倉院厳島御幸記」「高倉院升遐記」を書きました。

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「公卿列影」では、メタボな伊○院光に似ているおっちゃんに描かれています。私は伊○院さんは好きですし、頭の良い人だと思っていますので、通親も頭のいい人だったと思っています。

そして、若い娘も魅了するほど、色気もあったのではないでしょうか。(絵師さんにその表現力がないだけで(汗))

と、言う事で、似絵の目鼻立ちを元に、20歳前後の通親さんを想像して描いてみました。

参考:「平安時代史事典」、橋本義彦『源通親』


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