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祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)



<基本データ>

*平安後期(11世紀後半)の女房、歌人 *別称:一宮紀伊 *生没年未詳 *後朱雀天皇皇女・祐子内親王に仕える。 *父:平経方説あり。しかし年齢的にあわない。 *母:祐子内親王家 小弁(散逸物語『岩垣沼物語』作者。歌人) *紀伊守・藤原重経の妻であることより紀伊と呼ばれる。 *自選家集『紀伊集』(『祐子内親王家紀伊集』『高倉一宮紀伊集』とも呼ばれる) *女房三十六歌仙

<年表>

*最初の歌合に20歳位で参加したと仮定した場合、最後の歌合は85歳位で参加したと考えられます。その仮定に基づいて、それぞれの歌合に参加した年齢を推定してみました。

天喜四年(1056) 4月 20歳位 後冷泉天皇皇后宮寛子春秋歌合に初めて参加。

康平四年(1061) 35歳位 祐子内親王家名所合に参加。

承暦二年(1078) 52歳位 内裏後番歌合に参加。

嘉保元年(1094) 68歳位 藤原師実家歌合に参加。

康和四年(1102) 74歳位 堀河院艶書合に参加。「音に聞く 高師の浜のあだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ」を詠む。

永久元年(1113) 85歳位 少納言定通歌合に参加。

※『堀河院百首』の作者。

<歌>

音に聞く 高師の浜のあだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ『金葉集』恋下・469

千人万首「祐子内親王家紀伊」、平安時代史事典「紀伊」

2006.7.8. 葉つき みかん


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