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小倉百人一首 第九十三番 鎌倉右大臣(源実朝)
(『新勅撰集』では「題知らず」、『金槐和歌集』では、「舟」)

世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも『新勅撰集・羇旅・525』

【通釈】

世の中はこのまま変わらないでいてほしいなぁ・・・。波打ち際を漁師が綱手で小舟を引っ張っている様子が胸に迫ってくるなぁ・・・。

【語釈】

*世の中:現在生きている、この世の中

*常に:形容動詞「常なり」の連用形。永久不変である意味。

*もがも:終助詞。実現することの難しそうな事柄についての願望。

*な:詠嘆の終助詞。

*渚:波打ち際

*あま:漁師

*綱手:船具の一種。舟の先につけて、陸から舟を引いてゆくための引き綱。

*かなし:形容詞「かなし」の終止形。心をゆり動かされるような、痛切な感情を表す。必ずしも悲哀だけの意には限定されない。

*も:詠嘆の終助詞。

*新勅撰集:新勅撰和歌集。鎌倉時代の勅撰和歌集。貞永元年(1232)後堀河天皇の勅により、藤原定家が撰する。文暦二年(1235)成立。

【参考歌】

上二句:吹黄刀自「川の上の ゆつ岩群に 草生さず 常にもがもな 常処女にて」『万葉集(巻一・3)』
を念頭に置き、世の中は永遠不変であってほしいと率直に詠嘆。

下三句:「陸奥は いづくはあれど 塩釜の 浦こぐ舟の 綱手かなしも」『古今集』(東歌・1088)を踏まえ、海浜の光景を描く。

【解説】

この歌を見た時、源実朝が鎌倉の海岸で、引き綱を使って漁師が小舟を引っ張る作業を見守る風景が浮かびました。

目の前の長閑な風景がこのままずっと続きますように・・・!という祈りの様な歌が生み出されたのは、もしかして、実朝が遠くないうちに殺されるかもしれないという運命を感じていたからかもしれない、と思わせられます。

建保元年(1211)、和田義盛が北条義時の挑発により挙兵し、敗れ、一族が誅滅され、北条氏が最も力を持った氏族となった後から、実朝は自分の希望を押し通すようになります。

この頃から、実朝は薄々、朝廷と幕府の対立、北条氏と他の有力氏族との対立を調整する為に存在していた自分の意義が失われつつあると感じていたのかもしれません。

この歌が和田一族殲滅後に歌われたのかどうかはわかりませんが、そういう実朝を囲む背景を考えながら読むと、彼の想いが痛いほど伝わって来ます。(漁師さんからしたら、(呑気に歌詠んでないで、引っ張るの手伝ってよ~!><)と思ったかもしれませんが…。)

歌の添削を通じて交流があった藤原定家は、若くして暗殺された実朝を悼むために、穏やかな時間が少しでも長く続くことを願う様な実朝の歌を百人一首に選んだのかもしれません。

<基本データ>

*鎌倉幕府第三代将軍
*生没年:建久三年(1192)~承久元年(1219) 享年二十八歳
*父:征夷大将軍 源頼朝 *母:北条政子 *幼名:千幡
*乳母:阿波局(叔母・母の妹)
*養子:公暁(兄・頼家の息子)
*家集『金槐和歌集』
詳しい略歴はこちらから。

実朝の後ろに控えているのは無双の寵臣・東平太重胤。直垂は、『蒙古襲来絵詞』のものを参考にしました。漁師の小舟と格好は、『平家物語図典』のものを参考にしました。

参考文献:鈴木日出男 他編『原色 小倉百人一首』(文英堂)


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