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小倉百人一首 第八十四番 藤原清輔 朝臣
題しらず

ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき 『新古今和歌集・雑下・1843』

【通釈】 生きながらえば、また今のこの時も懐かしく思われるのだろうか。 昔、辛いと思った頃のことが今では恋しく思われるから。

『藤原清輔集』の詞書 「いにしへ思ひ出られること、三条大納言いまだ中将にておはしける時、つかはしける」

三条大納言:大納言を内大臣とする本もあり。内大臣の場合は、藤原公教(大治五年(1130)左中将)に比定される。 香川景樹は、藤原実房を指すとしている。

【参考歌】
三条院
「心にも あらで憂き世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな『後拾遺集』

【語釈】

*三句切れ。

*「ながらへば」:下二段動詞「ながらふ」の未然形+接続助詞「ば」→仮定条件

*「またこの頃や」の「や」:疑問の係助詞。

*「しのばれむ」:「偲ぶ」で「懐かしく思う」「れ」自発の助動詞「る」の未然形。「む」推量の助動詞「む」の連体形で、係助詞「や」の結び。

*「憂しとみし世」:作者自身が経験して辛かった過去を指す。「憂し」辛い・憂鬱だという意味の形容詞。「し」は過去の助動詞「き」(経験に基づく)の連体形。

*「今は恋しき」:過去と区別する意味で「今は」とした。「恋しき」は形容詞の連体形。上の係助詞「ぞ」の結び。

【解説】

現代にも通じる感情です。 私も、辛い時にはこの歌をかみしめています。

この歌を詠んだ時、清輔さんはなにか辛い思いをしていたのでしょうね。真面目で一徹、自分の主張を曲げない人でしたから、周囲とぶつかることも多かったでしょう。

感情の渦の中に巻き込まれている時に、ふと自分を客観視してみたら、若い時に父親と対立して、当時は大変辛かったけれど、今はそれを懐かしい思い出として感じられるようになっている。 だから、今の辛さも将来は思い出として懐かしむことができるようになるのだろうか・・・。という歌です。

自分を俯瞰して見ている視点が好きです。そして、自分が辛い思いをして感情がとぐろを巻いている時も、この歌を思い出して肩の力を抜いています。 私はこの歌に非常に共感し、ノックアウトされ今に至っています。

【略歴】

【基本データ】

*長治元年(1104)~治承元年(1177) 享年74歳
*和歌師範家・六条藤家 顕輔(あきすけ)の次男。
*母:能登守・高階能遠女。
*祖父:顕季。白河院の乳母子で寵臣。

*初めは隆長と名乗る。久安六年(1150)47歳頃 改名。
*同母兄:顕方(=顕時、顕賢)
*異母弟:重家、季経
*叔父:家成(鳥羽院の寵臣)
*従兄弟:成親など(後白河院の寵臣)
*著作『袋草紙』『和歌現在書目録』『和歌初学抄』散逸→『題林』『牧笛記』『注古今』
*自選集『清輔朝臣集』
*勅撰集入集 96首。

詳しい略歴はこちらから

参考:『千人万首』「藤原清輔」、『平安時代史事典』「藤原清輔」、新大系『袋草紙』解説

2015年5月2日 葉つき みかん


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