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2006.12.9にイラストを描き直しました。使用素材は、周防内侍→単:自作、袿の地紋:宵居の物語、丸紋:自作、唐衣の地紋、丸紋:はるうさぎ様、唐衣の縁:宵居の物語忠家→束帯の袍、キョ:宵居の物語、袴:自作 です。

小倉百人一首 第六十七番 周防内侍

「二月ばかり、月のあかき夜、二条院にて人々あまた居明かして物語などし侍りけるに、内侍周防、寄り臥して「枕もがな」としのびやかに言ふを聞きて、大納言忠家、『是を枕に』とて、かひなを御簾の下よりさし入れて侍りければ、よみ侍りける」

春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ 『千載集・雑上・964』

【通釈】
二月頃、月が明るい夜、二条院(関白藤原教通邸)で人々がたくさん寄り集まって会話をしていました時に、周防内侍が寄りかかって「ああ、ここに枕があったらいいのに・・」と忍びやかに言ったのを聞いて、大納言忠家(=藤原忠家。藤原定家の曾祖父。)が「これを枕に」と言って、腕を御簾の下から差し入れましたので、詠みました。(葉つき みかん による意訳)

春の夜の夢のように(儚い戯れの)あなたの腕枕によって、(実際は腕枕をするような仲でもないのに)、つまらなくも立ってしまうだろう私の浮名が本当に惜しい!
 
【語句】「かひなく」:「甲斐なく(つまらなく)」「腕:読みは、かひな」の掛詞
縁語:「手枕」と「腕」 

【解説】

・・・御簾の下から腕!ちょっと生々しくて、驚いてしまいますよね。当時も今も腕枕をしあう仲っていうのは「肉体関係を結んだ仲」って事です。「僕の腕を枕に♪」と衆目の前で立候補されちゃったってことですから、全く忠家は、厚かましい!私だったらかな~り引いてしまいます。(それを表すために、イラストの中で周防内侍に思わず逃げさせています)

当時の周防内侍は西暦1037年頃の生まれなので、32~39歳、藤原忠家は西暦1033年の生まれなので、36~43歳なので、ま、大人同士の軽い言葉のお遊びとも取れますが・・・。
忠家の返歌は、
「契りありて 春の夜ふかき手枕を いかがかひなき夢になすべき」 
ちょっと本気モードに思えるのです・・・。

余談ですが、忠家さんはこの他にも『宇治拾遺物語』に、下ネタエピソードを残してくれています。(興味のある人は「忠家 宇治拾遺物語」で検索してみてくださいね~(^ ^))
それにしても、自分のひいじいちゃんのフラレ話を百人一首に採る定家って、なかなかお茶目な人ですvv



【略歴】
<基本データ>
*平安後期(11世紀後半)の女性官僚、女流歌人 *官位・官職:正五位上・掌侍(ないしのじょう) *本名:平仲子 *生没年:長暦元(1037)~天仁二年(1109)以降 *父:周防守・平棟仲(和歌六人党の一人) *母:後冷泉院・小馬命婦 *家集『周防内侍集』 *女房三十六歌仙

詳しい伝記はこちらをクリック。
【装束について】春の季節だという事と、摂関時代後期・院政期前夜の濃厚な雰囲気を出したくて、濃い色の混ざった「梅重ね」を着せました。春の夜の妖艶な退廃的な雰囲気が上手く出ているといいのですけれど・・・。
 

参考:千人万首「周防内侍」、平安時代史事典「平仲子」「和歌六人党」「平棟仲」「藤原忠家」

2004.2.29. 葉つき みかん  


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