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キリ番1112を踏んでいただいた ささらえ さんからのリクエストです。

2006.10.13にイラストを全面的に描き直しました。新イラストの使用素材は、上着の地紋・丸紋・単の幸菱、背景の水仙全て自作です。

小倉百人一首 第五十四番 儀同三司母

「中関白通いそめはべりける頃」

忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな 『新古今集・恋三・1149』

【通釈】「中関白(藤原道隆)が(婿として)通い始めた頃」

(あなたの)いつまでも忘れない、とおっしゃって下さるお言葉を将来まで頼みにすることは難しいので、(この上なく幸せな)今日を限りの命であってほしいです。

【語釈】「忘れじ」:「忘れ」+「じ(打消しの意思)」

「命ともがな」:「命」+「と」+「もがな(希望の助動詞:~であってほしい)」

【解説】 詞書は「中関白かよひそめ侍りけるころ」とあります。 中関白とは、藤原道隆です。彼は大鏡にもあるように美男で有名であり、藤原守仁の女(長男・道頼の母)や、赤染衛門の妹と恋愛関係にあり、中年になってからは栄花物語にもあるように、源明子(後に弟・道長の妻となる)にも秋波を送っている、と女性関係に関しては全く油断のならない男でした。貴子は学問に秀でていましたが、美人という記録も残っておらず、女としての自信がなかったのでしょうか。



【略歴】

<基本データ>

*平安時代中期の女性官僚 *生没年:生年未詳~長徳二年(996) *本名:高階貴子 

*父:学者・高階成忠(たかしなのなりただ) *夫:藤原道隆 *子:藤原伊周、一条天皇皇后・定子、藤原隆家、隆円法師、三条天皇女御・原子、敦道親王妃・三の君、一条天皇御匣殿・四の君

*「儀同三司母」の由来:彼女の長男の藤原伊周が失脚後、政界に復帰した時に「准大臣」となりました。伊周は自らを「准大臣」の唐名である「儀同三司」と称したため、彼の母という事で彼女の死後、つけられた通称です。

詳しい伝記はここをクリック

【類想歌・派生歌】  あすならば忘らるる身になりぬべし今日をすぐさぬ命ともがな(赤染衛門[後拾遺]) 

忘れじのゆく末かはるけふまでもあればあふよを猶たのみつつ(藤原家隆) 春霞かすみし空の名残さへけふをかぎりの別れなりけり(九条良経[新古今])

忘れじのゆくすゑかたき世の中にむそぢなれぬる袖の月かげ(源家長[新勅撰])

*今回、背景の水仙は写真の上から、フォトショップのパス機能を使用して、作成しました。一かたまりを作って、それをコピー&ペーストしました。CGは私のようにずぼらなものの強い味方です。
私の中の貴子のイメージは、凄い美人ではないですが、知的で可愛らしい感じの女性です。伊周・定子の輝くような美貌は父道隆、知性は母貴子から受け継がれたという風に考えています。

2003.3.11. 葉つき みかん

この文章は、「垂簾~御簾内の女君~」の高階貴子の項(遊びの小部屋内)、「官職要解」「大鏡」「栄花物語」、永井路子「この世をば」を参考にして書きました。


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