FC2ブログ


10000HIT感謝企画で、百人一首所収の歌の中で次点になった、在原業平の超有名な歌です。

一周年を無事迎えられた事を皆さんに感謝し、フリー画像とさせていただきます。

但し、著作権は放棄していないので、転載する際に目の届く範囲に必ず作者名を書いて下さい。また、サムネイル用以外の画像の切取り・他の画像との合成・画像がつぶれるほどの縮小は禁止させていただきます。それが守られていない方には、使用の権利を認めません。画像をお持ちいただく際に、掲示板かメールでご報告ください。PCの壁紙など、個人的に使用していただく際には、報告の義務はありません。

2006.11.10にイラストを描き直しました。使用素材は業平の袍&紅葉のカスタムブラシ:月宿海渡時船さん、平緒:月下美人さんのものです。

小倉百人一首第十七番   在原業平朝臣

「二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風にたつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる」

ちはやぶる 神代も聞かず竜田川  からくれなゐに 水くくるとは 『古今集・秋下・294』
【通釈】
「二条の后(=清和天皇皇后、藤原高子)が春宮の御息所であった時に、竜田川に紅葉が流れている屏風をかけているのを題にして詠んだ」
神々の霊威で不可思議な事がいくらも起こった神代にも聞いたことがない。竜田川の水を美しい紅にくくり染めにするとは!!

【語句】
「ちはやぶる」:「神」にかかる枕詞。(神が威力を発して)勢いがすさまじい。荒々しい。「いちはやぶる」の変化した形。「いち」=霊力、「はや」=「疾し(はし)」の語幹。
「神代」:太古の神々の時代。「古事記」「日本書紀」の神話では、天地の創成から神武天皇までの前までの時代。
「竜田川」:奈良県生駒山を流れる川。生駒山から流れ出て、大和川に注ぐ。紅葉の名所として有名。
「からくれなゐ」:「韓」から渡来した紅。紅色。鮮紅。
「くくる」:絞り染めにする。布を所々糸でくくり、まだら模様に色を染め出す染色法。

【解説】詞書によると、この歌は二条后・藤原高子のサロンで紅葉の描かれた屏風を前にして詠まれた歌です。私はずーっと実際の景色を詠んだ歌だと思っていたのですが、屏風の絵を見ての歌だということで、業平の想像力にびっくりしました。

話は変わりますが、藤原高子と言えば、業平の有名な恋のお相手です。彼女が春宮(=陽成天皇)の御息所であった時期は、陽成院が生まれてから即位するまでの貞観10(868)~18(876)年です。それと業平の生没年を照らし合わせてみると、この歌は早くとも業平44歳以上で詠まれた歌です。それで、中年業平が屏風の前で、例の歌を詠んでいるという図案にしてみました。

高子のサロンで詠っているのですから、当然高子もその近くにいたでしょう。今は帝の后となったかつての恋人を目の前にしてあでやかな歌を詠う美中年・・。なんとも濃厚な色気のただようシチュエーションです。

【略歴】
<基本データ>

*平安時代初期の官人・歌人 *生没年:天長2(825)~元慶4(880)年 *通称:在五中将 *父:平城天皇皇子・阿保親王 *母:桓武天皇皇女・伊都(いと)内親王 *兄:仲平、行平、守平 *妻:紀有常女(惟高親王の従姉妹) *子:棟梁(むねやな)、滋春 *相婿(妻の妹の夫):藤原敏行 *六歌仙、三十六歌仙

詳しい伝記はこちらをクリック。
 
【装束について】この頃は唐風文化全盛時代で、まだ唐風装束の国風化も始まっていないと考え、全く唐風の武官装束で描きました。
 
参考:千人万首「在原業平」「陽成院」、平成十五年正倉院展図録


| HOME |