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小倉百人一首 第八番 喜撰法師

わが庵(いほ)は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり 
『古今集・雑下・983』


【通釈】私の庵は、都の巽(東南)にあって、このように(心のどかに)暮らしている。鹿も住んでいるよ!なのに、私がこの世を辛いと思って遁世している宇治山だと、人は言っているようだよ。

【語句】
「巽(たつみ)」:東南。十二支の方角で、辰(東東南)と巳(南南東)の中間の方角である。

「しか」:「しか(このように)」と「鹿」との掛詞。

「うぢ(山)」:「憂し(辛い)」と「宇治」の掛詞。宇治山は、現在は喜撰山と呼ばれている。

「人は」:世間の人は。「は」には、自分の思いと違って世間の人はこういっているよ、という気持ちを表している。

「なり」:伝聞の助動詞。

【解説】喜撰法師は、宇治山に住んでいた僧という以外、詳細が分かっていない人です。

飄々としたよぼよぼの老僧を描いてもよかったのですが、目崎徳衛先生の『百人一首の歌人たち』に書かれていたように、喜撰法師は、数寄の世界に生きた半僧半俗の僧侶の先駆者なので、40歳を過ぎたくらいの年齢で、若々しく宇治山で数寄の世界に遊んでいる僧侶をイメージして描いてみました。

背景として、宇治山の鹿にも出演していただきました♪

宇治は本当に清涼感のある土地で、私は去年に一回訪れてからは本当にファンになり、何度も訪れてはマイナスイオンと元気をもらっています。

平安貴族が別業(べつごう)を営んだ気持ちが分かります。きっと彼らも都での気遣いで疲れきった心も身体も、宇治で癒していたのでしょう。(参考:藤原定頼のミニストーリーもこの発想で書きました。)

取り札には、喜撰も私も大好きな宇治の風景を、私が撮った写真を参考に描きました。
 

【略歴】
<基本データ>
*基泉、窺詮とも書く。
*宇治山に住んでいた僧という以外未詳。
*六歌仙 *百人一首

古今集仮名序での論評など、詳しい伝記はこちらをクリック
 


2007.11.11. 葉つき みかん
   参考:「千人万首」喜撰法師、目崎徳衛『百人一首の歌人たち』角川ソフィア文庫、小町谷照彦 訳注『古今和歌集』旺文社


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