「風のおびただしく吹く夜に」『建礼門院右京大夫集』より

西国へ下った資盛さんを心配する右京たんの段を5コママンガにしてみました!

建礼門院右京大夫 風のおびたただしく

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「意地の張り合い」『建礼門院右京大夫集』翻案


治承二年(一一七八)頃の冬―

中宮の御前―

右京「長い間、里に下がらせていただき、御迷惑をおかけしました。」
中宮「右京!戻ってきてくれたのね!心強いわ!」

中宮「・・・あら?」
右京、しゅんとしている。

中宮「どうしたの?元気がないわねぇ。まだ本調子じゃないのかしら。」
右京「・・・い、いえいえ、本復いたしてございます。」

右京(ただ、また宮中で資盛様と御顔を合わせなくてはならないと思うと・・・はぁ・・・気が滅入るわ・・)


資盛「中宮様―」
右京(あ・・・資盛様の声・・・。)中宮様の方を向いていたが、後を振り向いて、資盛と目が合う。

資盛、目を逸らして「大納言殿~」

右京、中宮様の方に向き直って、目をつぶる。
資盛、大納言と話して、これ見よがしにキャッキャッとはしゃぐ。

右京、青ざめて「局で休ませていただきます。」

中宮、二人の様子をじっと眺める。


右京、自分の局で―

右京「全く接点がないなら忘れてしまえるのに、なまじ、目の前をちらちらされると、たまらないわ・・・」

「とにかくに 心をさらず おもふことも さてもとおもへば さらにこそおもへ」
(とにかくに心を離れぬもの思い、いっそ忘れてしまおうと思えば、さらに想いがつのる・・・。)

いつしか、季節も変わり、春―

梅の花が咲き、鶯が留まって、美しい鳴き声を・・・

右京、下から見上げる。

右京「もう・・・春がめぐってきたのね・・・」
右京(資盛様と初めて出会ったのは、去年の春頃―)

右京「ものおもへば 心のはるも しらぬ身に なにうぐひすの 告げにきつらむ」
(思い悩んで心も晴れず春になったとも思えない。そんな私の所に、鶯は何を知らせに来たというの?)

右京の背に、いきなり寒気が訪れる。
右京(あれ・・・?悪寒・・・?)


隆房と資盛、内裏の桜の木の横に立って話している。

隆房「今年は、中宮様の女房方も、内裏の女房方もお誘いして、花見に行きますよ~」
資盛、暗い顔。「そう・・・ですね・・・」

隆房「あれ?少将殿、浮かないお顔。」
「昨年は、『今度は絶対中宮様の女房方をお誘いしよう!』と息巻いておられたのは、どなたでしたっけ?」
資盛、寂しく微笑む。


中宮の御前―

女房「隆房の少将様が、中宮方・内裏方の女房達と一緒に花見に行きたいと申しております。ついては、中宮様のお許しを・・・」
中宮「そう。皆で花見に。もちろんいいわよ。」
にっこり「楽しんでいらっしゃい。」

中宮、顔を曇らせる。
「でも、去年あれほど花見に行きたがっていた右京は今、風邪で伏せっているの。」

女房から報告を受ける隆房「そう・・・ですか・・・。残念ですね・・・。」
その後で資盛、驚いた顔。


何台も牛車を連ねて、一同が花見に行く場面。
みな、思い思いに桜の花を堪能する。

資盛、見事な桜の花を持って、小侍従の車の窓をトントンと叩く。
資盛「小侍従殿」
小侍従「何でございましょう?」

資盛「小侍従殿は、中宮女房の右京大夫殿とお親しいのですよね。」
小侍従「ええ・・・。良く歌をやり取りしたり、一緒に出かけたりしております。」

資盛「あなたの歌をつけて、こちらの花を届けていただけないでしょうか。」
小侍従、憮然として、「・・・・・・少将様が直接お渡しになればよろしいじゃないですか。」
資盛「・・・きっと私が直接渡しても嬉しくないと思うんだ・・・・」
小侍従「・・・・・・わかりましたわ・・・。」(おかしな少将様・・・)

―右京の局

右京、袿を羽織って養生している。桜の枝を渡される。
右京「小侍従様から?綺麗・・・」

右京、桜を瓶にさす。くくりつけられている文を取り外して、読み始める。

小侍従「さそはれぬ 心のほどは つらけれど ひとり見るべき 花のいろかは」

(せっかくお誘いしたのにおいでにならなかったあなたのお気持ちは淋しいけれど、独占するには惜しい花の美しさですから、お目にかけます。)

右京「まぁ・・・おやさしい・・・」
右京の頭に資盛の顔が浮かぶ。ぶんぶんと振り払う。

右京「なんであの方の顔が浮かぶの!」「この枝をくれたのは小侍従様なのに!」

右京の返歌
「風をいとふ 花のあたりは いかがとて よそながらこそ 思ひやりつれ」
(満開の桜の辺りは花を散らす風(風邪と掛ける)は禁物と存じまして、風邪気味のわたしはよそながら美しい花を思いやっております。)


右京、小侍従に返歌を送り終わって、ぼーっと花を見ている。
右京「なんだか花を見ていると、うきうきした気分になってくるわ・・・」

右京の声、御簾の外に漏れる。
右京「数ならぬ 憂き身も人におとらぬは 花見る春のここちなりけり」
(取るに足りない辛いことの多い私でも、人に劣らず嬉しいのは、美しく咲いた花を見る春の心地ですよ)

外を通る女房、右京の局の外の木陰に隠れている資盛に気づく。「少将様!」
資盛「しーっ・・・」

資盛、顔がほころぶ。(よかった・・・桜の枝を右京は喜んでくれたようだ・・・)(やはり、私は右京の事がどうしても好きらしい・・・)

御簾の中、脇息にひじをつく右京。
花見の土産の時の資盛を思い出す。(少将様・・・会いたいな・・・)片方の目から涙がぽろっと出てくる。

右京、資盛、同時にため息をつく。(仲直りのきっかけは一体どうしたらよいのだろう・・・)

(終)

※家集の中の三段を組み合わせてお話を作ってみました。小侍従と右京とのやり取りは、家集では資盛の事は全く関係なく書かれていたのですが、こんな裏話もあったらいいな~。心温まるな~。と思って資盛を絡ませてみました。

鶯が来たころの右京は、資盛と喧嘩別れをした後、夏の間は強引な隆信との恋に身を投げ、一時は熱く愛し合いますが、すぐに隆信の愛情が冷め、残酷に扱われ、傷ついていた時だと私は考えました。隆信との恋を経て、一回り大きく成長した右京が、資盛の愛情を懐かしく思い出すという流れです。

隆信との熱い恋を書くのは体力がいるので、気分が乗ったときに、まとめて書きます。


2008.12.12 葉つき みかん

「資盛との契り」『建礼門院右京大夫集』翻案


治承二年(一一七八)頃の春―

資盛、藤壺へ来て、大きな声で
「右京殿、中宮様へのお取次ぎをお願いします。」
他の女房達がクスクスと笑う。
「また、来られたわ・・・」「右京様、少将様のご指名よ。」

右京、赤くなって「・・・はい。」
資盛「入道相国様からの御文です。」
受け取った右京、もう一つ添えられた文に気づく。(これは・・・私への文?)
さっと取って懐に隠す。

資盛、ニコニコと笑う。
右京(維盛様に似たお顔で無邪気に笑っちゃって・・・)
頭を振る。

右京(駄目よ・・・。この笑顔に負けちゃ。)
(少将様は小松大臣(平重盛)様の次郎君。私と身分違いもいい所。)
(私の方が五つも年上だし・・・本気になってもすぐに捨てられるのが落ちよ。)


ある夜―

右京、内裏の人少なな所を歩いている。
資盛と出くわし、右京はくるりと回れ右をして、去ろうとする。
資盛は右京の袖を控える。右京は先に進めない。

資盛「右京・・・。」「どうして私の事を避けるんだよ。」

右京の体に血が上がってくる。

資盛「そなたの事を、中納言殿(宗盛)も、薩摩守(忠度)殿も、頭中将(実宗)殿も狙っている。・・・子供の私の事などお呼びじゃないとでもいうのか?」
右京、そのままの体勢で「いえ・・・そんな・・・」
資盛「それとも、十五も年上の隆信殿の方がいいのか?」

右京、動揺した顔で振り返る。「それを・・・ご存知で・・・」

資盛、カッとなる。右京を無理やり抱きかかえて暗がりの空き部屋に引っ張り込む。
右京「いや・・・!お許しください・・・!」


散乱する衣の中で泣きながら倒れ臥す右京。指貫をつけ、上半身裸の上から単を羽織り、優しく背を撫でる資盛。

資盛「はじめて、だったんだ・・・。」
「無理やりでごめんよ・・・。」

右京(私は、少女の頃から、新枕は夫と定まった愛する人と、家族全員が祝福する幸福な雰囲気の中で、迎える事ができるものだと思っていた・・・。)
(私は身持ちを堅く処してきたのに、こんな年下の少年に奪われるなんて・・・。)
(そうよ、権門の貴公子にとって、「女房」なんてこんな存在よ。上手くいっても、私は資盛様の「召人(めしうど)」どまり・・・)

資盛「右京。私の事を嫌わないでくれ・・・」右京を衣の上から抱きしめる。

右京(でも、資盛様に抱きしめられて、この上ない幸せを感じている私がいる・・。自分が分からない・・・。)


右京
―それからしばらくの間、資盛様は熱心に私の局にいらっしゃった。
けれども、私は資盛様が誓われる将来の事が信じられずに、無表情で資盛さまをお迎えしていた。
当時の私は、(どうせ続かない二人の関係なら、早く終わる方が心の傷も少ないから、終わるなら早く終わって欲しい)と思いつめていたらしい。


資盛、事が終わって、むっとする。
資盛「右京。そなたはまだ私に心を許してくれていないんだな。」
「私が来るのが嫌なら、むっつりと黙ってばかりいないで一言『嫌』と言えばよい。」
「・・・しかし、私の事がそんなに嫌なら、なぜ私の事を受け入れてくれるのだ?なぜ、私の愛撫に熱く応えてくれるのだ?」

右京「・・・・・・。」

資盛「分かったよ。話したくもないんだな。」

資盛、御簾の外に出て行く。
右京、起き上がる。(行かないで!)
資盛、涙を手でぐいとぬぐって星空に向かう。

右京、袖を頬に押し付ける。
(やだ・・・なんで涙が出てくるの・・・。自分が望んで、自分がそう仕向けた通りになったんじゃない・・・。)


後日―
資盛が中宮様の所へお使いに来る。

資盛「私は来たくなかったのだけれど、兄上に言われて・・・」
右京、涙がこみ上げてきて、席を立つ。
女房「ちょっと、右京!失礼よ。」



その日の夕方―
右京「年老いた母が、心配で・・・里下がりを・・」
中宮「まあ・・・仕方ないわね。すぐ戻ってくるのよ。」

右京、逃げるように里に下がる。

光は弱いが美しい夕暮れ、急に空がかきくもり、しぐれてくる。

右京(空模様は私の心の中そのまま・・・)

右京「夕日うつる こずゑの色の しぐるるに 心もやがて かきくらすかな」
(夕日の色がだんだん薄れる梢に、時雨が降りかかって、私の胸の中もそのまま暗く曇ってゆく)

 
(終)

※最後の和歌以外は、かなり創作を交えました。ただ、全体を読んだ限り、資盛とはこういう恋愛の進み方だったのではないか、と思います。
まだ書いていないのですが、この話の前に、隆信との出会いと忠度の求愛をはさむ予定です。(予定は未定となりました(^_^;) 2012.1.27.)

2008.12.1 葉つき みかん

「隆信との出会い」 『建礼門院右京大夫集』翻案


治承二年(一一七八)春―右京、二十二歳

右京の局にて

童「小侍従様からの御文です。」
右京「ありがとう」受け取る。

小侍従の文の内容→
「右京様、明日の夜はお暇かしら。桜の花も満開になり、歌を詠むのに良い季節になりました。久しぶりに歌林苑(かりんえん)の歌会にご一緒していただけないかしら。」

右京「まぁ・・・。嬉しい・・」返事を書いて、童に渡す。
右京「歌林苑に寄せていただくのは久しぶりね・・・。わくわくするわ。」

右京
(歌林苑とは、歌を能くされる法師の俊恵様が、ご自身の白河の僧坊をこのように名づけられたもの。こちらには、名高い歌人の源頼政様、御娘の二条院讃岐様、道因法師さまというそうそうたる顔ぶれが集って、俊恵様主催で月次歌会や歌合が開かれているわ。)


翌日の夜―

牛車の車輪がきしむ音。

右京「あ・・・車の音が・・・小侍従様のだわ・・・」


小侍従の車の中―
小侍従「お久しぶり!ますます綺麗になったわね。恋でもしているの?」
右京、頭の中に資盛のイメージ。赤くなる。「そのような事は・・・」
小侍従「もう、久しぶりだからってなんか他人行儀ね。宮仕えに出ている間は、私を母の様に思いなさいって言っているのに。」

右京、微笑む。

右京
小侍従様―この方は、名高い歌人の小侍従様。主上におつかえしている内裏女房。
父君は岩清水八幡宮検校の光清様、母君は名高い歌人の花園左大臣家女房・小大進(こだいじん)様。

「まつ宵の ふけゆく鐘の声きけば あかぬ別れの 鳥はものかは」

という名歌をお作りになったので、歌の一部を取って、「待つ宵の小侍従」とたたえられているの。
かつては、藤原伊実様の奥方で、お子様もお二人いらっしゃるのですが、死別され、二条天皇皇后・藤原多子様におつかえした後、今現在は主上におつかえしていらっしゃるの。

恋人は先程も触れた名高い歌人の源頼政様。でも、年下の 後徳大寺実定様からも慕われておられるという話よ。

私の祖父・大神基政が岩清水社の楽人だったという縁で、幼い頃から可愛がって頂いているの。
五十代になっても、ますます艶やかになっておられる、私の憧れの人・・・。


―歌林苑で

俊恵、にこやかに「よう来られた、お二方。皆さん集まっておりますぞ。」

俊恵の知り合いの尼(六十歳位)「お美しいお二人をお迎えしてこの場も華やぎますわ。」

小侍従、御簾の外の桜を見て、「こちらの花はとても枝振りがお美しいですね。」

俊恵「やはり、拙僧、歌詠みとしては、春は極上の花を愛でたいですからね・・・。」

御簾の外にいた、藤原隆信が会話に入り込む。
「そのかみ、花山の院は桜は枝ぶりが綺麗だが、幹が醜いからと、塀の外に植えておられたそうですよ」

右京(藤原隆信様、こちらにいらしていたのだわ・・・。初めてお会いする。)
(今は三十七歳位かしら・・とてもそうはお見えにならないわ・・・。)
(藤原俊成様の北の方の美福門院加賀様の連れ子で、幼い頃から歌の研鑽に励んでおられる・・・似絵もとてもお上手とうかがっているわ・・・。)

尼「ま、隆信殿。隆信殿は絵の上手だけあって面白い事をおっしゃいますね。」

隆信「私にとって歌を詠む事は、自分の頭の中の絵を言葉で表現することだと思っています。」

尼「歌はそのように単純なものではないですよ。本歌取りや縁語で、目に見える以上の幽玄な雰囲気を表せる事・・・ご存知でしょう?」

隆信「ははは・・・確かに。だから歌は難しい。いつも、歌の師匠である養父上(藤原俊成・定家の父。隆信の母の再婚相手。)に、『そなたの歌は、姿形(なり)は良いけれど、情(こころ)が足りない』といつも怒られていますよ。」

隆信、小侍従の方に、つい、と体を向けて

隆信「―ところで・・・今日ご一緒に来られた方は、どなたですか?」
小侍従「ああ、私の昔からのお知り合いの中宮様の女房・右京様よ。こちらには何度か私と一緒に来られていますわ。」

隆信の目がキラーンと光る。「ああ・・・名高い才女とご評判の・・・」
小侍従「右京様、こちらは前右馬権頭・藤原隆信様。」
右京「よろしくお願いいたします。」
右京は、隆信を御簾の中からまじまじと見る。
右京(隆信様、素敵な御方・・・。何と言うか、才気がみなぎっているような・・。でも少し影があるのは・・・なぜ?)

ハッ・・。(私ったらはしたない・・・。男の方の顔をまじまじと見たりなんかして)

隆信「右京殿の父君は、確か・・・」
尼「藤原伊行様ですわ」
隆信「能書家の方ですね・・・きっと右京殿も、お手が素晴らしいのでしょうね・・・」
尼「隆信様は右京様にばかり話しかけておられますね。私の様な年よりは退散いたしましょうか。」
隆信、顔を赤くして「勘弁してくださいよ。これ以上色好みの噂を立てられたら困ります。」

全体でハハハ・・と笑う。
隆信、その隙を縫って右京に流し目。それに気づいた右京、どきんとする。


数日後、右京の局で・・・・

小侍従、右京に文を渡す。
小侍従「隆信様からあなたにことづけられたのよ。私への文と一緒に・・・」
右京の頬、ほんのり赤くなる。

小侍従、眉をしかめる。
小侍従「右京・・・。確かに隆信様はいい男だけれど、気をつけなさいよ。」
「あの人の火の様な情熱に巻き込まれたら、あなたのような若い娘はきっと火傷する。」
右京、ぽわっとした表情で
「大丈夫。私は決して不用心な恋などしませんわ。」
小侍従「大丈夫って言っている人ほど、危ないのよ。右京は小さい頃から情に脆い所があるから・・・」


小侍従が帰って・・・・

右京、そっと隆信の文を開く。
右京「まぁ・・・いい香り。」

隆信の文→
「月の光がほのぼのと弱くて、外の景色が余り良く見えなかったでしょう。」

「思ひわく かたもなぎさに よる波の いとかく袖を ぬらすべしやは」
(干潟をなくして、渚による波が袖をぬらすように、分別もなくして、あなたへ寄せる思いで、このように袖を濡らさなければならないのでしょうか。)

隆信「・・・どうぞ、私の恋心を受け入れてください。」

右京「『かた』が、『干潟』と方向を表す『方』、『なぎさ』が『無き』と『渚』をかけておられる。『潟』、『渚』、『寄る』、『波』、『袖』、『濡らす』と縁語が七つも・・・。超絶技巧を尽くされているのに、それをさらっと読ませてしまうなんて・・・。」

右京(この人との恋の道に踏み出さないためには・・・。無視をして、返歌を出さないのが一番なのだけれども・・・。そうしたらあの方は私が気がないとお分かりになる。)
右京、隆信の笑う顔、流し目の顔を思い出す。

右京(歌のお友達として、一回位の返歌はいいわよね・・・!)


右京の返歌→
「思ひわかで なにとなぎさの 波ならば ぬるらむ袖の ゆゑもあらじを」
(どこと区別しないで渚に寄せる波の様に誰かれの区別なく心をお寄せになったのなら、濡れた袖は私のせいではありませんでしょう。)

隆信と尼が楽しく話すイメージ

右京のもう一つの返歌→
「もしほくむ あまの袖にぞ 沖つ波 心をよせて くだくとはみれ」
(藻塩を汲む 海女の袖に沖の波が寄せてくるように、あなたはあの尼さんにお心を寄せて思い煩っていらっしゃるとお見受けしました。)


隆信の邸―

隆信、右京の文を読む。
隆信「返歌が二首も・・・手ごたえ・・・ありっ!!」

隆信の返歌→
「君にのみ わきて心の寄る波は あまの磯屋に 立ちもとまらず」
(あなただけにとりわけ心を寄せていますので、あの尼さんの家なんかに立ち止まりもいたしませんよ。」


再び右京の局―

右京、隆信からの文を読む。
右京、くすっと笑って「ま・・・調子のいいこと、おっしゃって・・・vv」
 
(終)

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※ 右京と隆信の二人の出会いの場面を創造して創作してみました。いかがでしょうか。和歌はそのまま使っています。

※二人が出会った場所を、私は俊恵法師の歌林苑と設定しました。なぜなら、その場所を、右京は「思ひかけぬところ」、隆信は「ある宮ばらにて、女あまた語らひて帰りにしあした」とそれぞれの家集で違うように記述しているので、全く右京の詞書に従って書くことは出来なかったからです。
歌林苑に想定した理由は、三つあります。一つ目は、右京は歌林苑の歌合に詠進していたこと。二つ目は、右京と隆信がそれぞれ親しかった小侍従が歌林苑に出入りしていた事。三つ目は、隆信の養父である藤原俊成が歌林苑に関係していた事です。

2008.12.7 葉つき みかん

『平家公達草紙』翻案<重衡の想い人達―前斎院の中将と中納言の君>

寿永二年七月、木曽義仲の軍が都へ乱れ入ってきた。
内大臣・平宗盛はじめ平家一門の人々は、安徳天皇を奉じて西海へ落ちる事となった。

都落ちの前日―重衡は、大炊御門の前斎院(式子内親王)の御所に馬で向かっていた。
漁綾に秋の野を刺繍した鎧直垂の上から鎧を着て、頭には烏帽子をかぶっている。

平家全盛の頃には良くこちらの御所に遊びに来ていた重衡が最後の別れに来たと言う事を聞き、御所の侍や女房達をはじめ、前斎院様も端近に立ち、重衡を見守った。
式子は重衡の装束を見て戸惑った。
(常は直衣や狩衣、束帯の姿を見た事があるけれど、この姿は・・)
御所の人々も同様に思ったようでしばらくざわついた。

庭に立ってうつむいていた重衡はふと顔を上げて大きな声で言った。
「この姿のうとましさと、そして最後に暗い顔をお見せしては・・・とこちらに参上するのを躊躇申し上げておりましたが、どうしても皆様にお暇を申し上げたくて・・・」
また、顔を伏せた。そうして打ち湿っている様子もなんともなまめかしい。

庭に立つ侍達、匂欄に立つ女房たち、御簾の中の式子も涙があふれてきて何も言えない。

重衡と長年関係を続けて来た中将の君は、行き詰る表情で重衡を見て、耐えられず、嗚咽を上げながらその場を離れた。
式子はそれを見ながら、(中将は本三位中将と長い間思いあっていたのだ。無理もない。)と思った。

一方、重衡と密かな関係を持っていた中納言の君(伏見中納言・源師仲女)は、一瞬重衡を見て、気丈な様子で後を向いて去って行った。
式子は彼女の態度をいぶかしく思った。
(中納言は本三位中将と人目を忍ぶ仲と聞いておるが・・・中将は席を外したから彼女に気を遣う必要はない。本三位中将の後姿が見えなくなるまで見送らなくてもよいのか?)

重衡は自分に後姿を見せて去っていた愛する女性達の去っていた先を淋しげな目で、ずっと追っていた。が、何かを振り切った様に頭を下げ、後ろを向いて去っていった。

―その後、中将の君は、重衡が南都で斬られた後、出家をしたそうだ。
中納言の君は、しばらく式子のもとで女房として仕えていたが、重衡が生け捕りにされて都大路を引き回された時、ふっと御所からいなくなり、河内の辺りで勤行に明け暮れ、その後は都に入ることはなかったという。

『平家公達草紙』翻案<東北院の遊び>

治承三年の春の夜―

藤原隆房のもとに、宰相中将・藤原実宗から一通の文が届いた。
「今夜、東北院に管絃の遊びをしに行きませんか。高階泰通殿、平維盛殿、資盛殿、源雅賢殿もいかれるそうです。」
隆房はすぐさま承諾の返事を出した。

東北院は、かつては一条天皇中宮の上東門院・藤原彰子様の御所であった場所。由緒ある邸である上に、池山の景色や、木立などとても趣がある。
時々、私たちのような若い殿上人や公卿は、そこで琴や笛、今様などをして遊んだ。

隆房、大宮宰相中将・実宗、左宰相中将・実家、中将・高階泰通、平維盛、資盛、少将・源雅賢は、東北院につき、寝殿の匂欄に座った。

誰ともなく声が発せられた。
「うわぁ・・・散る花びらがまるで雪のようだ・・・。」

朧月夜に、花吹雪は苔の上、池の上、白砂の上に降り注ぎ、心があくがれ出るように思えた。

いつしか実宗は琵琶を弾き始めた。
妙音院師長の直弟子だけあってその妙技は素晴らしい。
資盛はそれに筝の琴をあわせ、泰通と維盛は笛を吹き、隆房は笙を吹いた。

―それから何刻くらいたったろうか―明け方になった頃・・・

まず隆房が朗詠をし、その後を受けて維盛が催馬楽を謡い、最後に雅賢がお家芸の今様を謡った。

東の空が白々と明るくなり・・・
資盛がつぶやいた。
「もう・・・夜があけてしまうのか・・」
実宗がいった。
「名残惜しいですね・・・」
維盛も、感慨深げに、
「今宵の遊びは、私は一生忘れません。」
隆房「本当に素晴らしい夜でした・・・また、この仲間で集まりましょうね。」

実宗はポツリといった。
「でも、この仲間でいつまで集まれるでしょうか・・・私はこの中で一番年長です。きっと一番先に死んでしまうでしょう。」
皆が実宗の方を見た。
「そうしたら皆さん、集まって私の事を偲んでくださいね。」

資盛はそれにかぶさるように、
「人の寿命というのはわかりませんよ。もしかして一番年少の人が一番先に死んでしまうかもしれない。」
隆房はその言葉に急に不吉なものを感じて、あわてて割り込んだ。
「そんな不吉な事を言わないで下さい。皆で長生きしましょうよ!」

維盛と資盛は不安そうに目を合わせる。そして維盛は何かを合図するようにうなづく。と、とたんに二人はにぱっと何の悩みもなさそうに作り笑いをした。

維盛は努めて華やかに、元気良く皆に話しかけた。
「そうですね。二十年後も三十年後も、この仲間で集まって、昔の思い出を語り合いましょう。」

―その時に一番先の世が輝かしいように見えた維盛殿と資盛殿がわずか六年後に海の藻屑と消えてしまった。

壇ノ浦の後、残った人々でまた、同じ東北院に行った。―同じ朧月、同じ様に花が咲き誇っているのに維盛殿、資盛殿だけがいない―そう感じると、皆の心が締め付けられ、目から自然に滝のような涙が流れてきた。

彼らは二人の若者をしのぶように、いつまでもいつまでも庭を眺めていた。

『平家公達草紙』翻案<隠れ蓑の中将>

治承元年二月十日のまだ寒さが残る頃―

夜がほのぼのと明けてくる中を、隆房は牛車を走らせていた。
隆房は忍びの通い所から帰る途中。

ふと、風情のある邸の前に車が停まっているのに気づいた。
(ずいぶん長い間とどまっている車のようだな―)
従者に
「あちらの車から見えない所に停車させよ」と命じた。
そして停車の後再び従者に命じた。
「あちらの邸はどなたの物なのか、聞いて参れ。」

しばらくして従者が戻ってきた。
「久我内大臣・雅通様の御息女様のお邸だそうです。」
隆房は好奇心をくすぐられたような表情でつぶやいた。
「ほう・・・。源通親殿の異母妹か・・・。」

(彼女はとても名高い美人で、かつて二条天皇がいたく入内をお望みでいらしたが、『今更入内はできかねます』とご辞退申し上げていたのに・・・。どのようなお相手と恋の応酬を交わしておられるのか・・。)

隆房は御簾の間からしげしげと眺めている間、男が一人邸の中に入っていった。
それは見慣れた美貌の維盛だった。

(こ・・・維盛・・・殿・・・?)ガーン・・・。
隆房は目を見開き、車の中で四つんばいになった。
「ありうる・・・ありうる事だ・・・。」
(落ち着け、落ち着くんだ隆房・・・。)

自邸に戻った隆房、自らの局で悶々と膝を抱える。
(いつからのご関係なのだろう・・・。私に一言も教えてくれないとは維盛殿も何とつれない・・・。)
一番鶏が鳴いた。
隆房はすっくと立ち上がった。
(ここで悩んでいても何も解決しない!自分で直接聞くしかない!)

―小松殿、維盛の住む東の対―

隆房は邸の中をのぞく。
(誰もいない―)
廊下を歩いてきた女房、頭を下げる。
隆房はきいた。
「維盛殿はどちらにいらした?」
女房は答えた。
「重盛様に、急ぎの御用という事で御前にお呼ばれになりました。」
「そうか・・・すまないが、維盛殿の御座所で待たせてもらうよ。」

維盛の居間―

隆房は文机の上を見た。
(硯・・・まだ墨に水分が残っている・・・書いておられる途中に重盛様に呼ばれたのだな。)
隆房は硯の下に白い物を見つけた。
(あ、白い薄様に何か書いてある・・・)
隆房はそれを取り出した。そしてドキドキしながら読み始めた。
(人の文を読むなんて、いけないとは分かっているのだが・・・気になる・・・)

隆房は心臓が口から飛び出しそうになるほど驚いた。
(維盛殿がかの女君に将来を誓う言葉を書いておられる!昨晩初めての逢瀬を持たれたのだ!)

隆房の目から涙がぽろぽろと流れ落ちてきた。
(なぜだか分からないが涙が流れる・・・。)

外より衣擦れの音と足音が近づいてきた。
先ほどの女房が、自分が居間で待っていることを告げている。

(はっ!帰ってきた!)
隆房は急いで紙をもとの場所に戻し、袖で涙を拭いた。

維盛が爽やかな、それでいて少し眠たそうな顔で入ってきた。
香染めの狩衣、撫子の衣、薄色の指貫、つくろっていない早朝の姿でもとてもすっきりとして美しい。

隆房はぼーっと見惚れていた。
(私の鏡に写る顔とは比べようもない。女がこの姿になびいてしまうのはもっともだ。)
(そして、今朝の文の書きざま、筆遣い、たきしめた香の薫りは本当になまめかしい。待つ女性はどれほど心ときめいているだろう。)

「隆房殿、こちらにいらっしゃるなら、一言お知らせくださればよかったのに。」
維盛は何心もなく座った。

隆房はまだ悶々と考えていた。
(何ともないように装っておられたが、心の下でかの女人に恋焦がれておられたのだ・・・。)
(好きな女性ができたらお互いに教えあおうとお約束していたのに!!何てつれない!)

隆房は嫌味っぽい口調で話しかけた。
「今夜も出かけなくてはならないから、時間がもったいないでしょう。今朝の御文はお書きになられましたか?お待ちになっている女君は気が気ではないでしょう。」
維盛は意外そうな顔をして答えた。
「何?少将殿。いつにもなく含みのある言い方をされて・・・。私には全く心当たりがございませんよ。」

(もう!しらばっくれて!)
隆房はますます表情を硬くし、すごい剣幕でまくし立てた。
「さぁ、これ以上とぼけないで。かの女君は、簡単には恋文にお返事をしない人だとうかがっております。私も試しに二、三通出してみましたが、なしのつぶてでした。」
「そんな素晴らしい方を我が物にされたのなら、私に一言教えてくださってもいいじゃないですか。」

「何の事をおっしゃっているか、わからないなぁ~」
維盛はふくれる隆房をあやすように微笑して言った。
(・・・は・・・たまらん・・・)
隆房の肩から急に力が抜けた。
(もうこれ以上責める気力がなくなってしまった・・・。)


その日の夜―
隆房はまた同じ邸の前で張り込んでいた。
(今朝は維盛殿に上手くはぐらかされてしまったが・・・。真相を突き止めないでおくべきか!)

人の話し声がして、維盛の従者達が邸から出てきた。維盛のお帰りの準備をしているらしい。
それに続いて、邸の中から維盛が出てきた。
桜色の直衣、紅のふくよかな綿の衣、薄物の織物の指貫を着た例えようもない美しい姿だ。

隆房は、牛飼い童が牛を繋ぐしりがいを結んでいる間、皆が牛車の前に固まっている時を狙い、後から車に乗り込んだ。
そして牛を繋ぎ終わった後、維盛が後から牛車に乗ってきた。
そこで黒い影が維盛の方を向き、「見つけましたよ~」といったので、腰を抜かしそうになった。
でも、隆房の声だとすぐに分かり、大笑いした。

維盛は隆房と火鉢を向かいにして座り、おどけて言った。
「ああ、何と恐ろしい。どうしてあなたは神出鬼没なのです。まるで『隠れ蓑の中将(散逸物語の主人公。題名から推測お願いします。)』 のようだ。」
隆房は得意げに応じた。
「それはどなたの事でしょう。本当にどのようにしてここに通いはじめたのか、とっくりと聞かせていただきますからね!」
維盛は観念したように笑った。
「分かりました。少将殿には全くかないません。」
それから小松殿に帰る道すがら、隆房は維盛と同車して楽しい時間を過ごした。

維盛に自邸に送ってもらい、幸せに包まれていた隆房は自分の牛車を置きっぱなしにした事に気づき、すぐに家司を迎えにやらせた。牛飼い童や従者は寒い中、戸外で長時間待たされ、非常におかんむりだったそうだ。

『平家公達草紙』翻案<法住寺殿五十御賀>

法住寺殿 後白河院 五十御賀(ほうじゅうじどの ごしらかわいん ごじゅうのおんが)―

それは、後白河院が五十歳になられたのをお祝いする宴。
(補足:平安時代には、四十歳を過ぎてから老境に入るという考え方があり、それに基づいて貴人が四十歳を迎えたときから十年ごとにお祝いの宴が開かれたのです。)

(いよいよ、五十御賀の当日―)
隆房は、法住寺殿(後白河院の邸宅。)の庭で、楽屋や蔵人の間を行ったりきたりして手落ちがないか確認していた。
(父上・藤原隆季は、この宴の主催者であるから、私よりももっとソワソワしておられる・・。昨晩は一睡もできなかったとおっしゃっておられた・・・。)

隆房は、父の言葉を思い出した。
「今回の賀の主眼は、『源氏物語』の「紅葉賀」を眼前に現出すること。院を初め、皆をまるで絵巻の中に紛れ込ませたような気分にするのが我々の使命だ。」

(父上・・・やり遂げてみせましょうぞ・・・。絵巻の登場人物の様に美しい容姿の平家一門の協力があれば大丈夫ですとも・・・。)


隆房は楽屋の方に進んでいくきらびやかな一団に気づいた。
「おっ、右大将・重盛様が一族の方々を引き連れて青海波の装束を見に行かれている。」

中納言・宗盛様、別当・時忠様、右兵衛督・頼盛様、平宰相・教盛様などの重鎮の方々に、三位中将・知盛殿、頭中将・重衡殿、左少将・資盛殿、新中将・清経殿、兵衛佐・忠房殿、権少将・通盛殿、左小弁・経盛殿・・・。

その後で蔵人が急いで管絃の道具を楽屋へ持っていっている。
琵琶、笙、篳篥、龍笛、摺鼓・・・返鼻(へんび:巴型をした木製の楽器。それに撥を当てて拍子を打った。)はどっさり・・・。


隆房はつぶやいた。
「そうだ、弁鼻の数は十分か確認するように言っておかなくては。何と言っても三十人前後の垣代(かいしろ:舞人の後ろで一列になったり輪になったりして、垣の代りになる人々。リンク先の真ん中の絵に描かれています。)

隆房は楽屋の幕を引きあけた。
「蔵人の皆!反鼻の数が足りるかを、もう一度確認しておくのだぞ!」
そして楽屋の隅で琵琶を調弦している内大臣・藤原師長を見つけて、つぶやいた。
「あ・・・内大臣様・・・」


そして準備が終わり―宴が始まった・・・。

まず、古鳥蘇の舞があり、それが終わったら西の中門から重衡、実宗に引き連れられた三十人の殿上人達が未申(北西)の庭に立ち、垣代を形成した。

笙の音が鳴っている中、出納久近が、皆に反鼻を配った。
次の舞である輪台(りんだい)をされる、左中将・頼実殿(藤原経宗一男)、新少将・清経殿、右舞人四人、残りの左舞人二人が摺鼓を打ちながら歩き出すと、他の殿上人が続き、大きな輪を作った。
それから、東に小さな輪を作った。

そこから、頼実殿、清経殿、他の二人が中央に出てきて、輪台を舞った。舞っている間に、楽屋より、大納言・隆季(隆房の父)、中納言・資賢様、三位中将・知盛殿、権中将・定良殿が出てきて、垣代に加わった。

輪台が終わって・・・入れ違いに維盛と成宗が中央に登場した。
隆房は反鼻を打ちながら唾を飲み込んだ。
(いよいよ維盛殿の青海波だ・・・。)

維盛殿と成宗殿は右肩を脱ぎ、青うちの半臂に海賦の文様、螺鈿の細太刀、紺地の水の紋の平緒、桜萌黄の衣、山吹の下がさね、やなぐい、おいかけをして、ゆっくりと舞い始めた。

夕日の中、白い砂子の上に、白い雪が降りかかり、まるで花のよう・・・。


(何と言う美しさだ・・・。院も主上も感動しておられる・・・。)

と、隆房は桟敷で左大将・重盛様が袖で涙をぬぐっている様子を見つけた。

(それももっともな程の、美しい舞だ・・・。この二人の舞をずっと見ていたい・・・。)

―しかし、残念にも舞は終わり、皆が連なって楽屋に・・・。

背後で平家の公達たちが、維盛と成宗を「素晴らしい舞だったな!」と褒め称えているのを聞き、微笑んでいた隆房、はっ、とあることに気づく。
(太鼓が上がっていない!)

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宴の十日ほど前―

父・隆季は、院の御前で打ち合わせをしていた。後で隆房も聞いていた。

隆季「先の仁平の鳥羽法皇五十御賀(とばほうおうごじゅうのおんが)の時に、(※1)中院右大臣・源雅定様と成通大納言様が青海波を非常に素晴らしく御舞になったこと覚えておられますか?」

後白河院は顔をほころばしておっしゃった。
「おお。覚えておるよ。」
隆季は申し上げた。
「いつもは太鼓を上げませんが、その時には太鼓を上げましたよね。」

院はうなづきながらおっしゃった。
「そうだ。たぐいなく素晴らしく舞ったからな。」
「今度の宴で、維盛殿と成宗殿が青海波を素晴らしく舞われたなら、太鼓を上げてもよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃ!まろが許す。」

また宴の場にもどり―

(院の御許しも頂いているのに・・・今太鼓を上げなければいつあげるのだ!)
隆房はずんずんと楽屋に向かい、中将・高階泰通の前に立った。

「太鼓は上げることは出来ないのですか、どうなのです。」
泰通は顔色を変え、さっと手を上げた。
太鼓が高々と打ち鳴らされ、一同歓声。
隆房は満足げに楽屋に戻る。

院と主上は「笛吹きが上げるのを忘れておったのじゃ。」「隆房が思い出さなければ、太鼓を上げずに終わっていたでしょうね。」とおっしゃっておられた。

楽屋に入ったら、隆季が隆房に声をかけてきた。
「よく気づいたな。」
維盛も隆房ににこっと笑いかけてきた。隆房の顔が上気した。

隆季は隆房の背中を押しながら言った。
「さ、隆房、早く位置に着くのだ。林歌(りんか)がはじまるぞ!」
「はいっ!」

新少将・通盛殿、四位少将・有盛殿、隆房、他一人で林歌(りんか)を舞った。
院が、右大臣・九条兼実様をお使いにして、禄を賜った。
四人は、禄を肩にかけながら、入綾(いりあや:舞人が、舞いながら後ろ向きに中央に寄って立って一列になり、順次降台する。降台する舞人以外は舞い続ける。)で退場。

―夜が更けて、管絃の遊びがあった―

主上が御笛、内大臣・藤原師長様が琵琶、中納言・宗家様が筝の琴、宗盛様が和琴、資賢様が篳篥、定良殿と維盛殿が安名尊(あなとうと)の朗詠を行った。
それを後白河院が満足げに聞いておられる。

その後、関白・藤原基房様がお取次ぎになって見事な引き出物が渡された。


―院の御前で―

後白河院が満足げな表情で父・隆季を呼んだ。
「大納言。八条入道太政大臣(清盛)への院宣を取り次いでくれぬか」
「はっ。」

隆房は隆季より、清盛様が複雑な表情で院宣が読み上げられるのを聞いていたと聞いた。
院宣の内容は―
「今度の御賀に一家の殿上人、何事につけても誠に優れている事が多かった。これからも天皇家の立派な御飾りとなってくれると朕はとても喜んでおる。」

その院宣のお返しに、清盛公は銀の箱に金百両を入れたものを贈られた。
院は、ほくほくした御顔で、「まったく物持ちじゃのう・・・」とおっしゃっておられた。
父が帰った後、清盛公は、「院は平家一門を御飾り程度にしか考えておられないのだな・・」とつぶやかれたとか聞いたような聞かないような・・・。

とにかく、院は父上の采配に満足しておられた様で、御簾の中から父上にこのような言葉を賜った。
「今度の御賀が事故もなく終わったのは、そなたが采配したからだ。誠に見事であった。」
父上・隆季は涙を流して平伏していた。
「かたじけない仰せでございます・・・。」

その様子を同じ様に平伏しながら隆房は聞いて、非常な充実感を感じていた。

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*「太鼓をあぐ」という表現の意味がわからず、あんな大きな大太鼓を持ち上げられる訳はない!と思い、激しく叩くという意味に無理やり解釈してしまいました。誰か正確な意味をご存知の方は、教えていただけると幸いです。

※1『古今著聞集』「巻第十三 祝言」「仁平二年正月、鳥羽法皇五十賀の御賀の事」では、青海波を舞うのは、藤原隆長と藤原実定。『平家公達草紙』本文の再確認が必要。

『平家公達草紙』翻案 <公達の盗人>

安元元年、三月一日 内裏―
雨がしとしと降っている夜

清涼殿、高倉天皇の御前に、すがやかな公達が揃っていた。
三位中将・藤原基通、三位中将・平知盛、頭中将・藤原実宗、左馬頭・平重衡、権亮少将・平維盛、そして少将・藤原隆房。

高倉帝は、あくびをしながら仰った。
「雨が降って所在ない夜だなぁ~。何か目の覚めるような面白い事はないか?」

基通はふんわりと言った。
「管絃の遊びなどはいかがでしょう」
「そうは言っても雨の日には楽器の音は鈍ってしまう。何か、笑えるような事はないか?」

重衡はずずい、と身を乗り出して言った。
「私どもに提案がございます」

帝は顔を輝かせておっしゃった。
「例の重衡が、面白い事をいいだそうとしておるぞ。」

重衡は重々しく奏上した。
「盗人の真似をして、中宮の御方の女房達を驚かしましょう」

一座がどっと沸いた。
帝は「そりゃあいい。」とおっしゃった。

「それでは・・・」と盗人に志願して何人かが立ち上がった。
重衡は彼らを制して、
「ぞろぞろと多すぎても・・・私と隆房殿の二人で行きましょう。」

隆房は面食らってすっとんきょうな声を出した。「え!?私ですか!?」
重衡は有無を言わせぬ口調で言った。
「さ、早く直衣を裏返して着てください。あ、そうそう袖を外して冠を包むのを忘れずに・・・。」

重衡と隆房は顔と冠を覆ってすっかり誰だかわからなくなった。

主上が機嫌よく二人を送り出した。

使いの維盛の後に、二人がついてゆく。
維盛は、ほとほとと格子を叩いた。宿居の人が寝ぼけまなこで顔を出した。
「権亮様・・・?こんな時間に何の御用ですか・・・?」
維盛は急いだ様子で答えた。
「女房達が、『早く来て欲しい』と言うので参りました。」
「ではどうぞ」

宿居の侍は何の疑いも持たず、三人を通した。
三人は、顔を見合わせて「やった!」と会心の笑みをもらした。


―西の台盤所、少し端近の格子遣戸の間に、四人の女房が寝ていた。

御匣殿(太政大臣・藤原伊通女)、大納言殿(大納言藤原兼長女)、右京大夫、小少将の君。
おのおの一重重ねを着て、上に唐衣をかけてうたた寝をしている。

いずれ劣らぬ美女が何の警戒心もなく寝ているのは非常に見ごたえがあり、三人はしばらく見とれていた。・・・と、重衡がやおら御匣殿の唐衣を剥ぎ取った。

大きな衣擦れの音がして、右京は目をうっすらと開けた。
すると、黒い影の男達二人が、同僚の唐衣を剥ぎ取っている。

右京は思わず大きな叫び声を上げた。

それにより起こされた女房達が連鎖的に叫び声をあげた。

大納言殿と御匣殿は既に唐衣を剥ぎ取られ、部屋の隅で抱き合って震えている。
右京は腰が萎えて立ち上がれなくなり、四つんばいで二人のもとに行こうとしたが、袖をとらえられ、無理やり衣を取られた。
小少将の君は盗人に「どうか命ばかりはお助けを・・・」と懇願している。

重衡と隆房は、いつも澄まして取次ぎをしている女房達が身も世もあらぬていで、半泣きで怯えている様子を見て、ふきだしそうになったが、かろうじて我慢していた。

重衡はもう笑いがこらえられないところまで来たので、前もって決めておいた退出の合図である目配せを隆房に行った。二人は女房達の衣を抱えて、外に出た。そこでは維盛が待っていた。


―主上の御前

重衡と隆房は手に戦利品の衣を持ち、堂々とした直衣姿で戻ってきた。
主上は目を輝かせておっしゃった。
「しおおせたか?」

重衡はにっこりと笑って「は!」と答えた。それはまるで牡丹の花が咲き誇ったよう。
重衡は主上に事件の顛末をお話申し上げた。

一座は爆笑の渦に包まれた。
主上も「気の毒な事をしたなぁ~」と口ではおっしゃっていたが、笑いすぎて涙を流しておられた。


しばらくして主上は藤壺・中宮の殿舎にお渡りになられた。
「主上のおなりですー」

重衡と維盛は神妙な顔をして主上のお供に着いて行った。
御匣殿達は重衡を見つけて、口々に話しかけた。
「あ、三位中将様」「権亮様!」
「聞いてくださいませ、先ほどこんな恐ろしい事があったのですよ!」

御匣殿「私達が寝ていたら」
大納言「誰とも知らない盗人が現れて」
右京大夫「私たちの大切な装束を奪っていってしまったのです!」

重衡は深刻そうな心配そうな表情をして、
「あ・・・それは難儀でしたね~・・・」と言っていたが、心の中では、
(ひ~っ。勘弁してくれ~。笑いがこらえられね~)と思っていた。


その暁、宿直所で―

維盛は重衡に話していた。
「もうそろそろ女房達に衣を返してあげようよ。さっきの話を聞いたら申し訳なくって・・・」
重衡は片膝を上げて肘をつき、あごをさすりながら言った。
「そうだな・・・。お前文を書いて返してくれないか?」
「三位中将殿はめんどくさい事をすぐ人に振るのが上手いなぁ・・・」
維盛は苦笑しながらも、すぐに文を書き出した。

維盛「ただいま帰ろうとしていました道筋に、このような物が置いてありましたので、取り返して参りました。」

それを受け取った女房達は何も知らず、「まぁ、お優しい・・・」と言っていた。
返事は大納言殿より
「あのような目にあって生きていたのが不思議に思われるほどですわ。どうして昨晩はどなたも居合わせられなかったのでしょう。」

その文を読み終わった重衡はポツンとつぶやいた。
「・・・悪い事しちゃったかな・・・」


数日後―
主上は真実を女房達にお話された。
女房達は首謀者の重衡をひどい方だと恨んでいた。

右京は隆房を見かけたとき、憤懣やるかたない口調で言った。
「恐ろしかった事は今はいいとしましょう。それよりも、隆房様にはまだ姿を見せたこともなかったのに、打ち解けた寝顔をみられてしまったのが悔しいわ!」


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