~目次~

百人一首

人物紹介

今鏡マンスリー(旧今鏡)ワンドロ

なるべく正確な知識に基づいたイラストと文章を作成するよう心がけておりますが、どうしても史実や有識故実の間違いがでてきてしまうと思います。その際は、(できましたら出典も一緒に)掲示板か、メールにてお知らせ下さい。事実を確認した上で、適切に対処させていただこうと思います。

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2016年1月23日 葉つき みかん

磐之媛 表紙








順次追加します。




参加者は自分だけでしたので、描いた8コマ漫画をアップロードします。
クリックしたら拡大します。

橘俊綱w



発端はしのぶさんによるツイートでした。







たぶん束帯の袍では「はこえ」とは言わないです。今後のツイートでも間違って使っておりますが、どうかご容赦して読み進めてくださいませ。有職故実の本では「角」と書いていました。




その後、山科流と高倉流の違いについての質問があり…。

私は手持ちの本を引っ張り出して確認しました。

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(クリックすると拡大します)
参考:有職故実図鑑 河鰭 実英
袖の襞と石帯の出し方に違いがあるようです。




その後、ある方が簡易的に着せる「ベタ付け」という着装法を教えてくださいました。




新靺鞨(しんまか)の舞

















一連の流れは以上です。
とても勉強になりました。

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小倉百人一首 第六十九番 能因法師

「永承四年内裏歌合に詠める」

嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり

 『後拾遺集・秋下・366』

<通釈>
永承四年(1049)の内裏歌合で詠みました。

山から嵐が吹き下ろす三室の山のもみじ葉は、竜田の川の錦なのだった。

<語句>
*永承四年内裏歌合:永承四年(1049)十一月九日に後冷泉天皇の主催で盛大に行われた歌合。
宮中では六十年ぶりのもの。能因の題は「紅葉」

*嵐:山から吹き下ろす風

*三室の山:「三諸(みもろ)の山」とも言う。大和国(奈良県)生駒郡斑鳩町にある神南備山(かんなびやま)のこと。
「みもろ」とは、本来神が降臨して宿る所(神社)の意味で、他にも同名の山がある。

ここでは龍田川に近いことから神南備山であると考えられる。紅葉の名所。

*竜田の川:大和国生駒郡を流れる川。三室の山の東のふもとを流れる。古来紅葉の名所として知られる。

*錦なりけり
「錦」:数種の色糸で模様を織り出した厚地の織物。嵐に吹き散らされた三室山の紅葉が、竜田川に浮かんで流れている情景を「錦」に見立てた表現。
「なり」:断定の助動詞「なり」の連用形
「けり」:今初めて気が付いたという感動を表す。

<参考歌>
竜田川 もみぢ葉流る 神なびの 三室の山に しぐれ降るらし『古今集』(秋下・284・読人しらず)

<略歴>
*生没年:988~没年不詳
*俗名 橘永愷(たちばなのながやす)
*歌、特に歌枕に異様に執心した。
*著書『能因歌枕』

参考『原色 小倉百人一首』(文英堂)

2016.1.18. 葉つき みかん
2016.11.13 解説完了

小倉百人一首・百人秀歌

現代の日本の中で一番身近な古典である、百人一首。100の和歌の小箱の中に、100人の生き様が詰まっています。和歌から読み取れる情景を描いた自作イラストに、歌の解説、当時の時代背景、歌人の略歴(クリック別窓)、歌にまつわるミニストーリー(最近更新したものに限ります)などの文章をつけました。

ライフワークの一つですので、気長にお付き合いください。

歌人と歌の解説を作成するにあたり、「千人万首(よよのうたびと)」というサイトを参考にしております。番号順(ほぼ時代順)完成したものには、リンクがはられています。

※「百人一首について」

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1~10
1番 天智天皇  2番 持統天皇   ストーリー 略歴 3番 柿本人麻呂  4番 山部赤人  5番 猿丸大夫
6番 中納言(大伴)家持  7番 安倍仲麿  8番 喜撰法師  9番 小野小町  10番 蝉丸

11~20
11番 参議(小野)篁  12番 僧正遍照  13番 陽成院  14番 河原左大臣(源融)  15番 光孝天皇
16番 中納言行平  17番 在原業平  18番 藤原敏行 朝臣  19番 伊勢  20番 元良親王 

21~30
21番 素性法師  22番 文屋康秀  23番 大江千里  24番 菅家(菅原道真) ストーリー 25番 三条右大臣(藤原定方)
26番 貞信公(藤原忠平) ストーリー  27番 中納言(藤原)兼輔  28番 源宗于 朝臣  29番 凡河内躬恒  30番 壬生忠岑 

31~40
31番 坂上是則  32番 春道列樹  33番 紀友則  34番 藤原興風  35番 紀貫之
36番 清原深養父  37番 文屋朝康  38番 右近  39番 参議(源)等  40番 平 兼盛 ストーリー

41~50
41番 壬生忠見  42番 清原元輔  43番 権中納言(藤原)敦忠  44番 中納言(藤原)朝忠  45番 謙徳公(藤原 伊尹)
46番 曾禰好忠  47番 恵慶法師  48番 源重之 ストーリー  49番 大中臣能宣  50番 藤原義孝

51~60 
51番 藤原実方朝臣  52番 藤原道信朝臣  53番 右大将(藤原)道綱母 ストーリー  54番 儀同三司母(高階貴子)  55番 大納言(藤原)公任
56番 和泉式部  57番 紫式部  58番 大弐三位(藤原賢子)  59番 赤染衛門 ストーリー  60番 小式部内侍
 ストーリー
61~70 
61番 伊勢大輔  62番 清少納言  63番 左京大夫(藤原)道雅 ストーリー  64番 権中納言(藤原)定頼 ストーリー  65番 相模
66番 前大僧正行尊 ストーリー 67番 周防内侍  68番 三条院  69番 能因法師  70番 良暹法師 

71~80
71番 大納言(源)経信 ストーリー 72番 祐子内親王家紀伊  73番 権中納言(大江)匡房  ストーリー  74番 源俊頼 朝臣 ストーリー 75番 藤原基俊
76番 法性寺入道前関白太政大臣(いちご関白・藤原忠通) 77番 崇徳院  78番 源 兼昌  79番 左京大夫(藤原)顕輔  80番 待賢門院堀河

81~90
81番 後徳大寺左大臣(藤原実定) ストーリー  82番 道因法師  83番 皇太后宮大夫(藤原)俊成  84番 藤原清輔 朝臣  85番 俊恵法師
86番 西行法師  87番 寂蓮法師  88番 皇嘉門院別当 ストーリー  89番 式子内親王  90番 殷富門院大輔 

91~100
91番 後京極摂政前太政大臣(藤原良経)  92番 二条院讃岐 ストーリー 93番 鎌倉右大臣(源実朝)  94番 参議(飛鳥井)雅経 95番 前大僧正慈円
96番 入道前太政大臣(藤原 公経)  97番 権中納言(藤原)定家  98番 従二位(藤原)家隆 ストーリー  99番 後鳥羽院  100番 順徳院

2016年11月12日時点 67名完成。
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*このページに掲載されたイラスト・文章の著作権は 葉つき みかん に所属します。無断転載、無断引用、商業的利用はお断りいたします。

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087 寂蓮法師w

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小倉百人一首 第87番 寂蓮法師(じゃくれんほうし)

村雨の 露もまだひぬ 真木の葉に 霧立ち上る 秋の夕暮れ (『新古今集』秋下・491)

<通釈>
降りすぎて行った村雨の露もまだ乾いていない真木の葉のあたりに、霧が立ち上ってくる秋の夕暮れであるよ

<語句>
*村雨:にわか雨。特に、秋から冬にかけて断続的に激しく降る雨のこと。

*露:村雨の残したしずく。

*ひぬ:上一段動詞「干る」の未然形「ひ」+打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」

*真木:杉・ヒノキ・槙などの常緑樹の総称。なので背景の林が青っぽいのです。

*霧:秋の景物。同じ自然現象であるが、平安時代以降、春の物を「霞」、秋のものを「霧」と呼んだ。

*立ち上る:「立つ」「のぼる」の動詞を複合させて、ほの白い霧が静かに這い上ってくる感じを強調する。

*秋の夕暮れ:平安朝の和歌では、秋は寂しさのつのる季節。夕暮れも物思いをさせる時間帯とされる。体言止め。

<解説>
*露の乗る葉にクローズアップ→遠景に視点が流れる。

*区切れがなく、すべて結句の「秋の夕暮れ」に集約していく。


<略歴>
*俗名は藤原定長。
*生没年 1139?~1202 享年 63歳?
*大原の三寂の一人。
*『新古今集』の撰者の一人。
*俊成の養子。

参考:原色 小倉百人一首(文英堂)

通房さんについての略歴はこちらから。











後一条天皇
寛弘5(1008)9月11日~長元9(1036)4月17日
第 68代の天皇 (在位 1016~36) 。名は敦成 (あつひら) 。一条天皇の第2皇子。母は藤原道長の娘彰子。道長の意により三条天皇の皇太子となり,長和5 (16) 年践祚し,次いで即位した。摂政は外祖父にあたる道長。
『ブリタニカ国際大百科事典』より

外祖父は藤原道長、母は藤原彰子、中宮は叔母である藤原威子。
この三人に挟まれて影の薄い後一条天皇ですが、源隆国とちょっとお下品な遊び(こはにわ先生のブログが詳しいのでひとまずこちらを・・・→ ここから )をしたりしています。























茶々とお江
(クリックすると拡大します)

腰巻姿が茶々でお花を姉上に見せているのがお江。
なんだか最近大河で腰巻姿を見ない様な気がして描いてみました。この動きやすそうな格好は好きなのです。
風俗博物館の復元では、打掛の中に髪の毛を入れているので、お江さんの髪の毛もそうしてみました。


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